演出家・プログラマー 深寅芥のブログ  -19ページ目

演出家・プログラマー 深寅芥のブログ 

演出・俳優 深寅芥のブログです。本名は千葉伸吾と申します。
株式会社ネリム 代表取締役

本日10月23日13時よりビヨンドXプロジェクト全体会議が実施されました。
約2ヶ月ぶりの全体会議です。

安西氏、渡部氏の活動が着実に進められておりました。
素晴らしいです。
やはり、全体会議の定期的な開催は大切だと感じます。
私自身、皆さんの活動を耳にして、気を引き締める事ができました。
ありがとうございます。

さて、今日、一番、個人的に刺激的であったのは田代君が実践している田代JAPANの活動です。

なかなか個人で実現しえない事を彼はこの1年継続して実施してきました。
本当に凄い事だと思います。

ただ、懇親会の折の彼の発言が、心にグサリと、刺さりました。

『「就職活動」の時間がない。』

実に身に滲みる発言です。
彼のように、他の人から一つ抜きん出た活動、実践をしてきた人は、
普通の大学生がしている事ができなくなってしまう。

一般的な大学生活を送っている人にとってみたら、「就職活動」は切実な問題です。

彼のような行動力のある人材を求めている企業はあるのかと思います。
ただ、一般的に、「行動力がありすぎる」人間を求めていない企業もあるのも事実です。

彼が活躍できるような場所が今後もあって欲しい。

恐らく彼に様々なアドバイスを送れるのは、安西氏であったり、渡部氏であったりするのではないだろうか?と個人的に感じます。

ただ、究極は自分自身で回答を出さなければならないでしょう。

優秀な若手を見る度に、心からエールを送りたくなります。





ブロゴスの以下のようなタイトルの記事をみた。
【「ノマド」ならぬ「賞金稼ぎ」な日常】
http://blogos.com/article/48444/

なるほど、凄く良く分かる。

恥ずかしながら、とても近い日常を、僕は送っている。
恐らく、会社務めの方にはわからないだろう。この感覚。

ワンピースとか、ハンターハンターとかに出てくる「賞金稼ぎ」
あれに相当近い。

そもそも「賞金稼ぎ」という働き方自体、数百年前の生き方の様相な気さえする。

アメリカだったら、あれかな? 西部劇頃?

ワンピースで思い出す賞金稼ぎは、前半に出てくるゾロと一緒に戦う2人組。
ハンターハンターだったら、ヒソカかな。

うーん。この2つの生き方は辛いね。

もし、一般企業に生きていて、いきなり「賞金稼ぎ」になったとしたら、
相当辛い経験をする。

普通の人と同じ生き方は困難だ。

フリーで働くとは、「賞金稼ぎ」になるということなのか。

大変、苦労が多い生き方だと思う。
IMF会議とやらが、日本でやられていたりするのをテレビで観ていたが、
なんとも不可思議な状況が国際的に進んでいる。

「先進国」と呼ばれるところが、殆ど、どの国も雇用が全滅状態。
殆ど、20%を超える失業率であったりする。

普通に考えて、どの「先進国」も深刻な状況だ。

単純に、どの国も、仕事の「需要と供給」が満たされすぎて、雇用が無くなっている。
そう判断するのが正しいのではなかろうか。

いろんなモノが足り過ぎているから、仕事がなくなる。

無くならない仕事と言えば、やっぱ医療なんだろうな・・・。

さて、発展途上国で2000年以降で着目すべきところが、
やはり、中国、インド、アフリカ諸国だったりするのだろう。

そういう所は、まだまだ未開発の所が多いから、インフラ整備の仕事も需要がたくさんあったり、人口も多いから、各諸国の需要もまだまだ足りない。そういう状況になっている。

で、日本は・・・?と言えば、移民を受け入れて、人口を増やす事くらいしか対策を
考えていない。

僕は、これには反対だけど、もう、十数年も続いているから、このまま継続されるんだろう。

さて、結局、雇用の問題だけど、色々考えた結果、先進国において、多くの雇用を生み出す、産業が見つからないという事なんだろう。
日本に限らず、どの先進国においても、限界点に来ている。

で、いろんなところが、「成熟しきった産業」に固執して、次の一歩が見つからない。
行政もその一つのような気がする。

ここ20年間で生活に密着して、発展した業界は、インターネットと、携帯電話(通信産業)だけど、思ったより、庶民を潤す存在になれなかった。
多分、ネット産業と、通信産業は近年のゴールドラッシュだった筈なんだけど、活気がなかった。

何故なんだろう・・・?と考えてしまう。

社会に活気がない。
日本の高度成長期のような活気がない。

だから、ある種バブルじみている中国なんかにいったりすると、その活気に驚いたり、羨ましかったりするのだろうな。と思う。

さて、一個だけ、僕が提唱したい事がある。
「働きながら、学ぶこと」をもっと許す社会にしたらどうだろうか?
あまりにも今の若者は、忍びない。

企業のサイクルが短すぎる。

わかりやすい例は、ほぼ、最近は数年の早いペースで、テレビのCMを供給している会社が移り変わっている。

未だ数十年、TVCMをし続けているところは、車とビールくらいだ。
もっと、昔はTVCMはバラエティーに富んでいた。

最近は、保険会社だったり、携帯・ゲームだったり、パチンコ産業だったりする。80年代や90年代のような、生活に密着した定番CMが少ない。

だいたい、学生とかって、TVCMが流れている会社が、元気のある会社なんだろうなって考えていたりする。つまり、成長している上場企業なんだろうけど。

でも、mixiとかもそうだけど、最近は一気に下り坂になる事があったりする。
そうなると、企業が危うくなると、転職など考える必要がある。どの産業も下り坂だ。

働きながら、これから発展しそうな産業を考えることなんて、難しい。
その為には、多くの時間と、知識が必要だ。

そういった時間を社会が許す時間を作るのもいいのではないかと考えていたりする。

僕は、今の雇用問題とかそういうのを考える時、いつも考えている時代がある。

戦後の日本の状況だ。

どうやって、自分たちのおじいちゃんやおばあちゃん世代は、働きながら、安定した職業を見つけ出したのだろう。

需要が多い時代だっただろうから、苦労に見合う成果があっただろうけど、今の時代はどうなんだろう。苦労に見合う成果、報酬があるのだろうか?

そんな事を最近良く考えたりする。

バイトしながら、安定した職業を見つける。
事はそんなに単純じゃない。雇用主も、これに賛成じゃないしね。

このスパイラルを抜け出さないと、活気がでる国にならないんだろうなと、感じている。驚きなのは、この状況、日本だけじゃないということだ。

新しい産業。きっと、研究者とか天才じゃなくて、一庶民が見つけそうな気がするんだけど、どうかな。

数ヶ月前から放置していた歯の痛みがMAXになりました。

やはり、放置しておくと、大変な事になりますね。

この3日間、痛みでまともに寝ておりません。

痛みが和らいだので、公園で少し休んでおりましたら、
猫が集まっている所に出くわしました。

その時、たまたま撮影できた子猫とカマキリの動画です。



先週末、友人のお誘いで、猫カフェに行った後、
一緒にいった中国人留学生の方にオススメの中華料理屋さんに連れていってもらった。


中国の方がオススメするだけはあり、めちゃくちゃ美味しくて、安い!!


だけど、その時に数十年、思っていた”常識”が覆された。



黄さん「エビチリと、麻婆豆腐は”純粋な”中華料理じゃないよ♩」


私「・・・・。」



知らなかったです。勉強になりました。


2012年のスタートダッシュは凄かった。
本当に馬車馬のように働いた。

その反動だろうか?9月はある種「燃え尽きた」
(他にも大きな理由があるが、それは今回は書き記さない。)

10月が始まり、2012年の前半と同じ「やる気」の所まで
持っていけるように、今、準備している。

もう1回チャレンジするぞ!

どのようにすれば、再度「やる気」が上昇するか、自分と向かいあった1ヶ月であった。

幸いにも、ビヨンドXプロジェクトの方々に精神的にも助けられている。
本当にありがたい。
今、日本の政治、経済は、分岐点に立っているかと思う。
今まで「先送り」してきた事案が、「先送りできなく」なっている。

私が参加させて頂いている、ビヨンドXフォーラムの6回目では、
上記の命題について、有識者の方々にお話を聞かせて頂いた。

あっという間の3時間であった。

多くの候補者、政治家の方々が、この国を憂いている。

その事実を体感する事ができただけでも、貴重な3時間であった。

是非、映像を観て欲しい、全ての方が本音で語っているのがわかる。

「本音でしゃべれる、優秀な方々こそ、国政で活躍して頂きたい。」
そういう思いがまた、一段と強くなった。

逆立ちしても勝てない、様々なキャリアと知識と経験を持った人達と繋がれている状況に喜びを感じいる。

私に出来る事は、多くの人達に、こういう方々がいる事を少しでも伝えていく事。
政治や国に興味を持ってもらいたいと願っている。

「選挙に行こう!」そう言い続けたいのだ。

少しでも、お役に立てれたら嬉しい。



第6回ビヨンドXフォーラム寺子屋-挑戦者たちの集い-(2012.9.28) 全映像


鴇田くに奨学基金ビヨンドXプロジェクトの特別部会として発足し、前衆議院議員 早川忠孝氏を中心とした、政治や行政、経済について、語り合い、学び合うための会です。


2012年9月28日に開催された「第6回ビヨンドXフォーラム寺子屋-挑戦者たちの集い-」では、様々な政治活動や国際交流を実践されている有識者の方々が集まり、現在の「政治」について語って頂きました。


是非、ご覧ください。




前衆議院議員 牧原秀樹氏



三谷英弘氏



東京都議会議員 吉田康一郎氏



西田譲(ゆずる)氏



ビヨンドXプロジェクト ヨーロッパ支部長セルジ・マルケス氏



前衆議院議員 林潤氏

私は夏生まれなので、暑さには強いのですが、寒さには非常に弱いです。
なので、ここ数日間の気温の変化はかなりしんどい状況でした。

少なからず、体調も崩してしまいました。

これから様々な事を組み立てなおさなければなりません。

この冬を体調を崩さないように、無事乗り越えられるように、
色々、スケジュール進行など、組み直さなければなりませんね。

頑張ります♩
やっとこさ、色々身の回りの事が落ち着いてきたいので、諸々勉強なり、生活習慣の改善を初めております。

で、時間ができてきたので、映画や、舞台のDVDなどを観ております。



言わずもがな・・・。catsです。

多くの方が、この作品を人間社会全般と「猫」を重ねた作品と観ております。
実際そうだと思います。

「cats」の文字を入れ替えると、「cast」になるなぁと個人的に考えております。

まぁ、このブロードウェイ版、とんでもない身体能力なんですよ。
そもそも「猫」の動きを模倣する所から他の国の方と比較して、段違いなんですね。

動物の動きを模倣するってとても重要な演技メソッドだと思ってます。
狂言でも猿を最初に演じるように。
相当訓練しないと、腰、肩に負担がきますからね。猫の動きは・・・。

ちなみに、不思議に思ったのが、死生観が、仏教的であった事です。
当然のように輪廻転生について書かれている。

「違和感」ではなく、「不思議」だと思ってしまったのです。

ちなみに、熟練(ベテラン)の方々の演技が最高です。
手が震えている猫のおじいさんは、ありえない位、リアリズムですw







昨日、たまたまNHKのプロフェッショナル 仕事の流儀 脚本家・遊川和彦さんの回を観ました。家政婦のミタの脚本家さんです。

遊川さんが書いたドラマは、私が小学校・中学校の時に大ブレイクした作品で、

  • ママハハ・ブギ』(1989年、TBS)
  • 予備校ブギ』(1990年、TBS)
  • 学校へ行こう!』(1991年、フジテレビ)
  • ADブギ』(1991年、TBS)

    私たちの世代にこれらの作品は大きく影響を与えています・・・。
    バブル全盛時の”今時の家庭、子供"を描いていたように思います。

    さて、昨日の番組では以下のような事が語られていました。

    http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0924/index.html

    引用

  • 遊川は、これまで40作以上のオリジナルドラマを制作してきた。浮き沈みの激しい業界の中で、25年にわたり第一線を走り続け、次回作がつねに期待される脚本家だ。
  • 遊川は脚本を書く時、登場人物たちの心の内を探ることに最も時間を費やす。それは遊川にとって自分の内と向き合う作業でもある。糧となっているのが、自身の複雑な家庭環境だ。遊川が高校生の頃に父親が蒸発した。その時に感じた貧しさや心の痛み、そうした経験を掘り下げながら、登場人物の思いを考え抜く。「物語は、自分の中にある」という。
  • さらに遊川は、「人さえ描ければ、物語は動き出す」と口にする。何を食べ、何時に起き、どんな服を着ているのか、ドラマには反映されないようなことまで考え抜き、人物像を浮き彫りにする。「今のドラマは、演出方法が多様化する一方で、安易な方向に走りすぎている。だからこそ、リアルな人間を書く意思を大切にしたい」という。『家政婦のミタ』や『女王の教室』、『さとうきび畑の唄』。奇抜な登場人物たちが話題になる中で、実はその登場人物たちのリアルな心の動きの描写が、見る人たちを引きつけてきた。

    あの「家政婦のミタ」の設定は、まさか自身の生い立ちを描いているとは思いませんでした・・・。なんとなく、作品が生々しく感じたのはそういう事だったのですね。

    ただ、この世代の創作者達は、とかく、「もがき苦しんで創作する」印象があります。
    それを、他人にも強要している・・・。

    自分や、他人を追い込んで、追い込んで、モノ作りをしている印象があります。
    遊川さんは、そのような状況が好きなのでしょうね。
    私は、そういう我慢競べみたいなのがあまり、好きではありません。

    平和で安定した社会なのに、軍国主義みたいで・・・。
    それ以外の所は、とても共感できる発言をしていました。

  • 日本的な我慢競べって、本当にグローバルに向いているのかどうか?
    ここの所、そんな事、時折考えてしまいます。

    なんか、我慢や忍耐って「昭和の亡霊」をいつまでも追っているような、そんな印象を受けるのです。

    我慢強さって、日本人の美学かもしれないし、醜悪な部分でもあるような気がします。
    どこまで我慢して、耐えれるか? 最近の時勢も第二次世界大戦に突入せざる得なかった末路のような印象です。

    近隣から様々な嫌がらせをされても、耐え忍んでしまう。

    それって、いつか「やりかえすぞ!」って腹の底で思っているって事ですよね。
    私たちの国の歴史の歴史はそんな繰り返しのような気がします・・・。