とにもかくにも、右も左も、「妄想」と「思い込み」でカルトチックな国だなぁと思ったりもする。
(別に日本だけじゃないけどさ。ブラックな経営者が政治のトップの国なんていくらでもある。)
一言でいわせて頂けば、
「妄想やイメージで子供はできない」
はっきり言って、イメージだけで何もかも実現するなんて不可能なんだ。
「私達は、お父さんとお母さんの目合ひによって、作られたのですよ。」と
とはっきり伝えなきゃならん。
「願えば叶う」なんて事は絶対にない。
「願って、”計画立てて”、”行動”すれば、いずれ叶う可能性がある。」が概ね正しい。
カルトチックな事って、
「願えば叶う、叶わなかったのはあなたの祈りが足りなかったからですよ。」
って事なんだけど。
そんなの俺、小学生の6年間で、腐る程やったわ。
ベットの中で、「起きたら、宿題できてたらいいなぁ。」と本気で願ってた。
でも一切叶わなかった笑 当然だよね。
さて、カルトチックに戻す。
今回、話題になった、「和の民」の件ですが、こちらも同じようにカルトチックだ。
村上龍との対談。
以下引用:
ワタミ社長「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」
村上龍「?」
ワタミ「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」
村上「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」
ワタミ「いえ、途中で止めてしまうから無理になるんです」
村上「?」
ワタミ「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる」
村上「一週間」
ワタミ「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」
村上「・・・んん??」
ワタミ「無理じゃなかったって事です。実際に一週間もやったのだから。『無理』という言葉は嘘だった」
村上「いや、一週間やったんじゃなくやらせたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」
ワタミ「しかし現実としてやったのですから無理じゃなかった。その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」
村上「それこそ僕には無理だなあ」
ここまで
さて、ここで僕が言及したいのは、戦後50年、日本は徹頭徹尾、変わらないのだ。
どれだけ多くの先輩達が様々な機会でこのような発言をしてきただろう。
「願えば叶う、叶わなかったのはあなたの祈り(努力)が足りなかったからですよ。」
と発言の主旨や中身は何も変わらない。
特定宗教もブラック企業も反対勢力も。
”妄想”や”願い事”だけならば、誰にでもできる。
それは単純に”欲望”だから。
高度成長期の日本と、国中飽和状態の今の日本では、闘い方が全く違う。
うーん。簡単にいうと、猟をする場が変わったんだ。
今までと同じ仕掛けで、罠を仕掛けたって、そこに獲物は掛からない。
昭和と平成で本当に、狩猟場が大きく変わったと僕は思っている。
そんなの90年代で語られてたじゃん。様々な原因によってパラダイムシフト起きるよって。
様々な書物でさ。(ネットとかモバイルとかの登場によってね。)
はっきり言って、今回の選挙の結果で嘆いている人って、一昔の頃の思考から何も変わっていないんだよね。
で、だいたいこういう。
「何故、気がつかない・・・。今の日本、国民、全体がおかしいのか?」と・・・。
はい。妄想です。思い込みはやめてください。
いや、だから少しずつパラダイムシフトしているんだって。
それで、普通の庶民は、恐ろしくバランスが取れている。
結局改憲派で「3分の2」届かなかったじゃん。
「選挙行かない」を一つの行動と見るべきか、行動として見ないべきか?
僕は、「選挙行かない」を今回の参院選に限っては”行動”として見た。
(「選挙行けない理由」は関心がないからだけじゃないんだと思うよ。バイト忙しいんだよw あと、きっと何かしらの原因で身体が重たかったんだよ。w)
今回の結果、結局、バランス取れている。
庶民はバランス取ろうと努力しているよ。その為の無投票でもあった。
恐らく、多くの人が望んでいるのは、「ゆっくりとした変化」
劇的な変化は望んでいないんだよね。きっと。
ただ、自分も国もいずれ変わらなきゃいけないって大多数は思っている。
それでいいじゃないか。
(官僚だけは違うとだけ明記しとこう。仕事としてそうじゃないから。変化しない、させないのが仕事だから。)
右も左も劇的な変化を望んでいるようだけどさ。それこそ、闘争であり、戦争じゃない?
古いよ。古い。3年半前に起きたじゃない。で、最悪だったじゃん。
もうコリゴリなんだよ。僕ら。
そういう結果だったんじゃないのって僕は思っている。
そして今後も、静観していこうと。
さて、ここで僕が言及したいのは、戦後50年、日本は徹頭徹尾、変わらないのだ。
どれだけ多くの先輩達が様々な機会でこのような発言をしてきただろう。
「願えば叶う、叶わなかったのはあなたの祈り(努力)が足りなかったからですよ。」
と発言の主旨や中身は何も変わらない。
特定宗教もブラック企業も反対勢力も。
”妄想”や”願い事”だけならば、誰にでもできる。
それは単純に”欲望”だから。
高度成長期の日本と、国中飽和状態の今の日本では、闘い方が全く違う。
うーん。簡単にいうと、猟をする場が変わったんだ。
今までと同じ仕掛けで、罠を仕掛けたって、そこに獲物は掛からない。
昭和と平成で本当に、狩猟場が大きく変わったと僕は思っている。
そんなの90年代で語られてたじゃん。様々な原因によってパラダイムシフト起きるよって。
様々な書物でさ。(ネットとかモバイルとかの登場によってね。)
はっきり言って、今回の選挙の結果で嘆いている人って、一昔の頃の思考から何も変わっていないんだよね。
で、だいたいこういう。
「何故、気がつかない・・・。今の日本、国民、全体がおかしいのか?」と・・・。
はい。妄想です。思い込みはやめてください。
いや、だから少しずつパラダイムシフトしているんだって。
それで、普通の庶民は、恐ろしくバランスが取れている。
結局改憲派で「3分の2」届かなかったじゃん。
「選挙行かない」を一つの行動と見るべきか、行動として見ないべきか?
僕は、「選挙行かない」を今回の参院選に限っては”行動”として見た。
(「選挙行けない理由」は関心がないからだけじゃないんだと思うよ。バイト忙しいんだよw あと、きっと何かしらの原因で身体が重たかったんだよ。w)
今回の結果、結局、バランス取れている。
庶民はバランス取ろうと努力しているよ。その為の無投票でもあった。
恐らく、多くの人が望んでいるのは、「ゆっくりとした変化」
劇的な変化は望んでいないんだよね。きっと。
ただ、自分も国もいずれ変わらなきゃいけないって大多数は思っている。
それでいいじゃないか。
(官僚だけは違うとだけ明記しとこう。仕事としてそうじゃないから。変化しない、させないのが仕事だから。)
右も左も劇的な変化を望んでいるようだけどさ。それこそ、闘争であり、戦争じゃない?
古いよ。古い。3年半前に起きたじゃない。で、最悪だったじゃん。
もうコリゴリなんだよ。僕ら。
そういう結果だったんじゃないのって僕は思っている。
そして今後も、静観していこうと。






