ヘッツェル
ベッドの上に荷物を出して、これから使うものと当面必要ないものを整理し始めた。ドロシーは再び本を読み、私はあれこれ仕分けをしながら、洗濯するものをよける。しばらくたったころ、この部屋の最後の一人がやってきた。
大きなブルーのキャリーバッグを引きずる快活なブロンドのヘッツェル齢60歳。とてもそうは見えない、というのは向こうも同じようで私の年を聞いてマジマジと見られる。部屋に入り調度品が気に入った様子を見せると早速巨大なキャリーバッグの蓋を開き、買い物が大好きなことを語り始めた。
「これは、経由してきたサンティアゴで買ったかばん、これはお買い得よ!どうこの革バッグ?ふふん。あなたはどこ経由で?ブエノスアイレス、あぁ~、バス!?それでこっちはカナダのトロントで…」といった具合。一息ついたところでヘッツェルはドロシーを誘い、2人は買い物と食事に中心街へ行くことになった。私はといえば、買い物にはあまり興味がない。むしろ、この部屋にある立派な、少なくとも私にはそう見えるバスタブが魅力的だった。
何しろこれまでバスタブがあっても栓がなく、仕方なくビニールを詰めて無理やり低い水位の浴槽に浸かったり、途中から冷水修行に変わるシャワーばかり浴びていた。それが続くならそれで我慢するけど、私の場合アトピー体質でなかなか気まぐれな敏感肌。汚れはべつにいいのだけど、寒さが続くと人並み以上にゴワゴワのガサガサの突っ張った上に、もろいというオソロシイことになる。今目の前にあるのは、全てが用意された「豪華な」風呂。2人を見送ってから、いそいそと揉み手をしたくなるほどウキウキしながら湯船に勢い良く湯をためる。
もうもうと立ち込める暖かい蒸気で強ばった心身を伸ばし、大きな息を吐き出す。入浴は気分転換と言う人は多いと思うけど、このときの自分にとってはようやくとどいた明日への禊のような気持ちもあった。ついでに洗濯を済ませ、いよいよ明日は出港。この日は早めに床についた。