「利用者主体」とよく言われます。
けれども実際には、意思表示が難しい方も多く、

支援者としては「どうやって本当の思いを受け止めるか」に悩むことがあります。

ともすれば・・・

 

本人の気持ち=支援者の思い浮かべるストーリー

 

になる危険があります。

 

20年ほど前、私が重度障がい者の施設で働いていた頃、

施設の設立○○周年行事で旅行企画が持ち上がりました。
候補は「大阪のUSJ」か「温泉」。

利用者さんの自主決定を尊重しようと、多数決で決めることになったのです。

しかし、あるスタッフ同士の会話が耳に残っています。
「温泉の希望がちょっと多いみたい」
「……まずいね」

――どうやら担当職員の中には、すでに「USJに行くストーリー」を描いていた人もいたようです。

その後、プレゼンとして「USJの映像」を見せたり、「温泉の素」を洗面器に入れて紹介したり……

今思えば、演出にも差があったかもしれません。
結局、多数決の結果はUSJ。
でも、それは本当に「利用者さん自身の選択」だったのか……今も考えさせられます。

私の担当していたお子さんは、言葉を発することが難しい方でした。

昼食後は車い椅子から降りてゆっくりするのがルーティンの方でした。

私は「温泉が良いのでは」と感じて手を挙げたのですが、最終的にはUSJに。
当日、1日の流れを崩されたその子は、

車いすから自らずり落ちて泣いてしまい…

まわりの観光客に驚かれる場面もありましたあせる

――「利用者主体」とは何か。
その問いは、今も自分の支援の原点として残り続けています。

 

意思表示の代弁について少しシビアな体験が書いてあります(有料ですが宜しければ…)