というのが、
先日東京であったようですね。
ネットでその記事と、動画を見ました。
これです。
http://www.asahi.com/national/update/0428/TKY201304280091.html私自身、同性愛にとくに偏見はないです。
気持ち悪いとも、いけないことだとも思いません。
でもこのパレードは正直疑問に思いました。
世の中には、同性しか愛せない人がいます。
そして、そういうひとがいる事実を、どう頑張っても受け入れられない人もいます。
「どうしても理解できない。でも差別や迫害をするつもりもない。 ただお互いに関わらないようにしたい」
あるサイトで見たこの記事へのコメントには
そういった意見がたくさん書き込まれていました。差別をなくしたいと立ち上がるのはいいことです。
だけど、この方法でいいんでしょうか。
弱い立場でも大きな力になれば、
誰かにとってそれは脅威です。
「価値観を押し付けないで」と、強い力で訴えることは、
それを見た誰かにとって同じ苦痛(価値観の押し付け)になりうると思います。
こういった派手なイベントを起こし、
理解してくれ分かってくれと一方的に叫ぶようなやり方では、
拒否反応をさらに強める可能性だってあります。
このパレードには二千人の参加者がいたそうです。
たとえばその二千人のひとりひとりが、
身近な人と向き合って話をしたら。
その方がよっぽど、理解者は増えると思いませんか?
本当に差別をなくしたい、理解者を増やしたいと思うのなら、
堂々と胸を張って、周囲の人に話せばいい。
怖くて周囲の人には話せない、という人もいるでしょうが、
なんの傷も負わずに現状を変えよう、他人の意見を変えようなんて、
図々しいと思いませんか。
怖いのなら何もしなければいい。
ひとりは怖いから徒党を組んで、意見だけはぶつけたいなんて
自分勝手でしょう。
「みなさん、理解してください」と叫ばれるよりも、
「あなたに、わかってもらいたいことがある」と向き合ってくれた方が
きっと深く、優しく伝わると思います。
いろいろ書きましたが、これはこの記事を見ての、個人の感想です。
問題の根はきっともっと深い部分にあるのだろうと思います。
私には、差別を受けてきた人の気持ちはわかりません。
差別し、排除しようとする人の気持ちもわかりません。
このパレードの記事を見ても、動画を見ても、わかりませんでした。
私は、当事者にはなれません。
大半の人がそうであると思います。
そういう人間の気持ちに何かを響かせるような活動が、
今後行われてくれればと思います
。