以前にも投稿したことありますが、この女性は私の中高の同級生だった方。
異色&衝撃的な経歴を経て、今はご自分の経験を活かして人々の心を救いたい、と頑張っていらっしゃるようです。
時々彼女のブログを読ませていただいているのですが、今回のこの記事は秀逸。ぜひ読んでみてください。
タイトルからして、グッと来ます。「居場所がないのなら、自ら作ればいいと気づいた」
前にもちょっと書いたけど、中学の時、私がちょっと仲間はずれみたいな目にあってクラスで居場所を失い困っていた時に、彼女&そのお友達は、まったく嫌がることなくスンナリ私を仲間にいれてくれて、なんとか修学旅行に行く事ができたという忘れられない思い出があります
。
それ以前から、つまりは生まれて初めて外界の組織に放り投げられた幼稚園の時から、本当は一匹狼でいるのが一番心地よい性分であるにも関わらず、仲間はずれで組織生活に支障がでるのが怖くて怖くて、必死でどこかのグループに一応所属だけはさせてもらおうと、無理して頑張っていたような私です。
その演技は小中高、大学、大学院、そして企業の中でも延々と続き、年月を重ねるごとにその演技レベルは迫真せまるアカデミー賞ものとなってゆき・・・。
当時私と関わってくださっていた人達は、「あんたが一番大きな声でくだらん話をべちゃくちゃしゃべりまくってた張本人じゃないかよ」というのが私の印象だったはず。
それでも、周期的にグループからはじかれてしまってきたのは、やはり相手に気に入られようと演技で人と関わっている人間は相手を疲弊させてしまうからでしょう。。
独立を目の前に、とうとう心身がクラッシュしてしまった訳ですが、その後数年間、私が恐る恐る再構築してきた生き方のアプローチは、なんだか彼女が模索してきた過程に通ずるものがある気が。
確かに、自分が自分の居場所である、と思い始めてから、色々な素晴らしいコトが向こうから少しづつやってきてくれています。そして、周りの方々も信じられないほど温かく感じられ、組織時代には往々にして起こった「キ印人間達との戦い」というのが一切なくなりましたわ。
不思議なもんです。
私はとにもかくにも不器用な人間ですが、世の中には、私に向かって「あんたってほんっとに不器用だよね。そんなあなたは人に嫌われても仕方ない」、とか平気で我の鼻先に向かって言ってきた人(子供ではなく、成人たち)たちも結構な数おります。
でも、今の私には自分という名の、自分だけの居場所がある。それだけでも、すっごい前進!
同級生のこのブログ記事で、それが確信できた気が。
彼女に直接コンタクトはとっておらず、今後もとることはないと思いますが、彼女の取り組みが成功し続けることを祈ってます。