厄年になって身体のアチコチにガタが出るのは、それはもう人生の終盤に差し掛かってるって事なんだよ。
人生80年とか言うけど、そんなの何のアテにもならない。
科学と医療の進歩で随分と平均寿命が伸びたけど、それは自然の摂理を誤魔化しているに過ぎなくて、本来なら子供が成人したら親はもう用済みなんだよね。
あくまで自然界では、という事で長生きする事が悪だと言う訳じゃないけど。
先日、流通ジャーナリストの金子さんが亡くなった時の様子が立派過ぎるって話題になっているけど、確かに普通では考えられない様な立派な行為だったと思うけど、でも僕は何となく分かる気がした。
奥さんや子供が居なかったから思い残す事が少なかったというのも、有る意味都合が良かったのかもしれない。
だけどそんな事よりも、多分きっと自分の好きに生きれたからじゃないかと思う。
やり残した事は沢山あるだろうけど、今までにその都度自分が納得出来る選択肢を選んできたんじゃないかと思う。
最後まで仕事をしていたというのも、多分仕事がしたかったからじゃないかな。
ゆっくり旅行に行って温泉でもって思っても、きっと旅先で仕事をしたり仕事の事を考えたりする人なんだろう。
若くして金子さんが亡くなって、可哀そうだと思うだろうか。
80まで生きられたら幸せだったと思うだろうか。
余りに若くて、まだこれからやりたい事が沢山有って、思い残す事沢山も有っただろうけど、だけどそれなりに幸せというか納得できたんじゃないかって思う。僕の勝手な思いだけど。
以前も幾度か書いているけど、僕は人生80年なんて思っちゃ居ない。
人生せいぜい50だよ。
もちろん50で死にたいとは思わないし、多分50過ぎても生きてると思う。
だけど、50過ぎても生きていられる保障など何処にも無い。
もういつ死んでもおかしくはないんだよ。
とても世話になった人は、50そこそこで亡くなってしまった。
僕の父方のじいさんも比較的早かったし、僕はその父方の血を色濃く受け継いでる。
それに良く言うじゃない。
「良い人ほど早く死ぬ」
って。
あぁ、もう短命決定だよ。
僕、めっちゃ良い人だから。
別に早く死にたい訳じゃないし、死ぬ事に捉われてる訳でも悲観している訳でもない。
ただ、そういう事を多少意識してるっていうだけ。
それに、無意味に80まで生きても仕方が無い。
それよりも中身の濃い50の方が僕は良い。
そう思えば、今自分が何をしなければいけないのか、何を優先させるべきなのか、迷う事は少なくなるし、自分にとって本当に大切なものが何なのか分かってくるはず。
そうは言ってもね。
この絶好の秋晴れの中、
「何でオレだけが」
って思わずには居られないんだよね。
所詮僕も俗人なんだよね。