世はまさにオリンピックフィーバー。
というわけでもないような2016。
スポーツ観戦しようかと導入したテレビもほとんど電源を入れないからよくわからん。
テレビは習慣というか依存というか。
見続けていれば、「今日は何曜日だから何々だ。見逃すまい」と一週間のサイクルが生まれ、どんどんと刷り込まれいく情報。
世の中のことの大半を知れたような錯覚に陥り、そしてそれは自分も社会に属しているのだという安心感をもたらす。
まあテレビに限らずとめどなく情報を求めるは安心感を得る為なのかもしれない。と、今思い至った。
話を戻そう。
今回のオリンピックは開催前から治安問題やドーピングやらでワイワイと盛り上がっているというよりは不穏な雰囲気が漂っていたのは知っている。
テロの頻発も不安感を煽る。
人種や文化を越えて、ひたすらに勝利を競い合うスポーツの祭典も、もはややってられる時代ではないのかもしれない。
いや、おれが知らないだけで実は多いに盛り上がってるのかもしれない。
やはりあまり興味のないことを題材にしても文章が膨らまない。
じゃあなんで書いたのかって?
書くことがなかったんだよ!