シンガポールという国について
シンガポールは2015年に建国50年を迎えたばかりのたいへん若い国です。
マレー半島の先端、太 平洋とインド洋を結ぶ要衝であるためはるか昔から周辺国に代わる代わる支配されてきた歴史を持ちます。
19世紀になってイギリスが支配、または第2次世界大戦中は日本により占領されて昭南市(または昭南島)と呼ばれました。
この間日本軍の圧政によって華僑の粛清されたり生活必需品が 逼迫して市民はたいへん苦しい思いをしました。
日本軍による華僑の摘発、40,000人にもおよぶ (華僑による犠牲者数、日本政府の見解は6,00人)殺戮をくぐり抜け生き残った中には後の初代 首相となるリー・クアン・ユー氏もいました。
彼は終戦後ケンブリッジ大学に学び主席で卒業した後にシンガポール建国を達成した偉人ですが、もともとマレーシア連邦の一部であったシンガ ポールがマレーシアか追放される独立を余儀なくせざるを得なくなった時には涙を流して悔しがっ たこともありました。
建国時のシンガポールんは人材も資源もなく、わずか100万人ほどの人々がいるだけの国としての スタートでした。
何もない国が一流国の仲間入りをして、皆が食うに困らないようにするにはど うしたらよでしょうか?
指導者 リー・クアン・ユーの出した結論は徹底した教育の高度化による人材開発を通して知識集約国家を志向することでした。シンガポールは教育立国、技術立国、金融立国を目指しそのどれについても建国50年という驚くべき短期間の中でそれを実現しました。
現在のシンガポールは全体人口約500万人(シンガポール市民は200万、外国労働者 300万)、これは福岡県の現在人口 510万人とほぼ同じです。
福岡県の県内総生産額:18兆円、シンガポール のGDP:約30兆円、単純に比較はできませんが実質人口はシンガポールが半分以下であることを考慮すると福岡県民に比べるとシンガポール国民は一人当たり4倍ほどの収入があるということができるでしょう。
シンガポールに行くと日本に比べて裕福な人が多く、物価も高く、日本人は 自分が貧しい国から来たという印象を持ちます。
建国50年、たった半世紀前にはアジアのどの国よりも貧しかった小国がこんなにも短期間で世界有数の裕福な国になったのは偉大なリーダーを持ったことと、教育立国を目指す素晴らしい国家ビジョンを持ったからです。
現在でもシンガポールは飲み水さえも輸入するほど何も資源がありま せんが、世界的に有名な大学や学校が集中する教育先端国家として世界をリードする存在となっています。もちろん金融や交通ではハブとして世界でも特別に重要な位置を得ています。
次回は「シンガポール教育の特徴」について書きたいと思います。