今回は、尼崎城のご紹介です。
尼崎城は別名「琴浦城」とも呼ばれていました。
2重3重の堀がらせん状に構成され、規模は違う物の
江戸城や名古屋城ともよく似た造りであったといわれています。
また、城が水に浮かんでいるようにも見えたことから
「浮城」とか「海城」とも呼ばれていたようです。
明治6年廃城となり、取り壊されたため、現在は何も残っていません。
それでも、市内には、いくつかゆかりの品が残されており、また
市による発掘調査で、いくつかの遺構も確認されています。
今回は、その遺構をめぐることにしました。
こちらは、「市立文化財収蔵庫」前庭です。
以前この場所に天守閣があったことが記されている石碑です。
収蔵庫内には、尼崎城が模型で再現されています。
城下町の様子も再現されており、当時の町並みをしのぶことが出来ます。
模型では尼崎城は海や川、水路や堀に囲まれたており、美しいお城であったと思われます。
尼崎城は別名「琴浦城」とも呼ばれていました。
2重3重の堀がらせん状に構成され、規模は違う物の
江戸城や名古屋城ともよく似た造りであったといわれています。
また、城が水に浮かんでいるようにも見えたことから
「浮城」とか「海城」とも呼ばれていたようです。
明治6年廃城となり、取り壊されたため、現在は何も残っていません。
それでも、市内には、いくつかゆかりの品が残されており、また
市による発掘調査で、いくつかの遺構も確認されています。
今回は、その遺構をめぐることにしました。
こちらは、「市立文化財収蔵庫」前庭です。
以前この場所に天守閣があったことが記されている石碑です。
収蔵庫内には、尼崎城が模型で再現されています。
城下町の様子も再現されており、当時の町並みをしのぶことが出来ます。
模型では尼崎城は海や川、水路や堀に囲まれたており、美しいお城であったと思われます。
「浮城」と呼ばれていた様子も模型からよく伝わってきます。
境内には尼崎城で使われていた瓦が保存されています。
文化財収蔵庫にあるものとはまた違った形状の瓦です。


