「キスしていい?」と優等生のようなことを言っていたらチャンスを逃す。「我慢できなかった。責任とるよ」という人がチャンスを掴む。スポーツのフライングは失格になるが、人生の数々の場面においてはむしろどんどんフライングするべきである。

仕事が楽しみならば、人生は楽園だ。
仕事が義務ならば、人生は地獄だ。
 その日はいつもより眠くなかったのでなんとか30分余計に起きてFOMCの指標トレードに臨んだ結果、

 なんと・・・・・・・-9Pips獲得!!

 30分の粘りは-900円!時給-1800円の、ふて寝したこともありました。
 

 
今日はユーロドルについての考察をするつもりだったが、それは明日に回すことにした。
皆は決められた、もしくは自分で決めたルール通りにトレードすることが出来ているだろうか?

おそらくできていないのではないかな?



私もだ。



そこで今回は、

ルール通りにトレードすることの大切さ
何故ルール通りにトレードすることができないのか?
ルール通りにトレードする方法とは?

以上の順番で話を進めていこうと思います。


◆ ルール通りにトレードすることの大切さ

さて、たとえばレンジ相場では強いが、トレンド相場の苦手な手法があったとします。

その手法は手法Aとする。

あなたは手法Aをつかって取引し、

レンジ相場だった1日目は+50Pipsだった。

トレンド相場だった2日目は-70Pips

トレンド相場だった3日目は-80Pips

さて、そこであなたはそれでもこの手法を使うことができるだろうか?



もしあなたがそこで手法を使うことを辞めてしまうのであれば、

あなたは一生自分の手法を持つことはできない。

裁量トレーダーにおいて、自己規律を持っていないトレーダーは、

たとえどんなに優れた売買手法や知識を持っていてもそれを使いこなせないので、

全く意味をなさない。

とにかく決められた戦略をこなせるようになること。

これが成功する裁量トレーダーの最低条件だ。最低条件が相当難しいから皆破産するんだ。

負けても、引かされ続けても、自分の手法をとことん使い続けるべきだ。

そして20回、30回とエントリーを繰り返すことで、

始めて自分の使っている手法の特徴、弱点が見えてくる。

結局相場で大事なのは、最終的に利益を上げること。

たまたま苦手な局面がきたから手法を捨て去るようでは、

いつまでたっても、統計的に優位な戦略を身につけることはできない。

とにかく一貫した手法をまずは使い続けることだ。

あっちこっちにと周りに迎合し、

その時の勢いが良い奴と仲良くしている奴は本当の友達が出来ないだろう?

自分を信頼した人間は、例え調子が悪くても縁を切らずに縁を続けていくのと同じように、

手法と友達になるには、例え調子が悪くても他の手法を探さずに使い続けていくことが肝心だ。

もしあなたが最悪の手法でも友達になり、縁を切らずに一つでも理解することができれば、

あなたの相場師レベルはUPUP!だ。

もし最悪の手法と友達になれば、その逆をやれば最高の手法になるわけだしな。

そのために大事なことは自己分析だ。

自分が友達になりたい手法とはどのようなものか?

スキャルピングなのか、トレンドフォローなのか。スイングなのか。

長く付き合い続ける友達になるので、しっかり考えておくことが必要になるだろう。


◆ 何故ルール通りにトレードすることができないのか?

何故あなたはルール通りにトレードすることができないのか?

それは、ギャンブルに内在する魔物

恐怖心

によるものだ。

利益が無くなるんじゃないか、このまま損がすごい所まで膨らんでいくんじゃないかという恐怖心。

利が乗ってても恐怖、損を抱えてても恐怖。

その恐怖心が規律あるトレードを妨げる。


◆ ルール通りにトレードする方法とは?

ルール通りにトレード出来るようにするための私が考える方法は以下の二つだ。
①値動きを全く見ない。
②どれだけ値が動いても気にならない枚数で売買する。


値動きを全く見ない。

値動きに翻弄される人は、値動きを消そう。


そのための方法もあると思います。
「応援してくれた世界中の人々、
 支えてくれたスタッフ・家族、
 丈夫な身体に生んでくれた母、
 毎日50キロ、2年間走り続けた自分の脚
 そして、60足履きつぶした靴にも感謝したい。。。」

2年1ヶ月におよぶ地球一周のア-スマラソンを終え
大阪にゴ-ルした間寛平さんの言葉です。

途中、前立腺ガンが発覚、3ヶ月の中断を挟んでの
大偉業でした。

「走っている最中、何度もくじけそうになったが
 励ましてくれている世界中の人々に支えられ続ける事ができた。
 人間は、どんなに一人でも、
 誰かに支えられて生きていることがわかった。。。」

感謝の言葉が次々に出てきます・・・

・・・・・・・

アメリカを横断中に何度も車で応援に来てくれた
アメリカ人がいました。

寛平ちゃんが「アメマのおっさん」と呼ぶこの男性は
事故で自らの左足を失い義足をつけた生活を余儀なくされていました。

還暦を迎えたこの日本人の無謀な挑戦に
忘れていた何かを思い出させられたのでしょう。

「自宅にジッとしていられなかった。」と言います。

ついに、大西洋を渡ってフランスまで応援に駆けつけ
そして、僅か20メ-トルでしたが、彼らは一緒に走りました。

「私には、義足で走る勇気がなかった。
 しかし、寛平さんのチャレンジする姿を見て
 自分も、もう一度頑張って走れるようになろうと思った。
 そして、訓練の結果、少しの距離なら走れるようになり
 寛平さんに見てもらいたくて、フランスまで来たのです。」

・・・・・

お人よしが過ぎて多くの友人の借金の連帯保証人になり
多額の借金を抱え「歩くハンコ屋」と呼ばれても
自身の生き方を変えるこはありません。

吉本で共同座長を務めた木村進が脳内出血で倒れ
仕事が続けられなくなった時に始めた経済援助は今も続けられています。

若手芸人が、落ち目になると、物心両面での支援も
よく知られている所です。

そんな彼の、人となりが、またこのア-スマラソンを成功させた
大きな要素なのでしょう。

・・・・・

「俺は、ホンマに幸せもんや・・・
 みんなに支えられて生きていることがわかった。」
と言った寛平ちゃんですが、世界中で一体どれくらいの人たちが
彼に勇気を貰った事でしょう・・・・

我々も、「これは、難しい。これは、無理だ。」
等と言うことは、彼の前では恥かしくて言えないですね。

何と、凄い芸人さんなんでしょう。。。。。