Netflix映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』を観ました。

いや~~~、なに?この終わり方!

って思った人は多かったのでは?というか思った人だらけな気がするwww

 

これ、映画館で観た人は?????????だったんじゃないでしょうか。

 

発射元不明の核ミサイルがアメリカに向かって飛んでくる。

着弾まで残された時間は、わずか18分ほど。

迎撃できるのか。
誰が撃ったのか。
もし迎撃できなければ報復するのか。

設定だけ聞けば、かなり緊張感のある核ミサイル・サスペンスです。

 

しかも同じ約18分間を、立場の違う人々の視点から3回繰り返して描くという変わった構成。

「なるほど。最初は分からなかったことが、視点が変わるたびに少しずつ分かってくるのね」

と思って観ていたら、最後の最後。

大統領が究極の決断を迫られ、

さあ、どうする!?

……。

……。

終わった。

 

いやいやいや。

そこからやろ。

 

というわけで今回は、『ハウス・オブ・ダイナマイト』の結末について、観ていて気になったアメリカのミサイル防衛や、個人的に一番衝撃だったベイカー国防長官の行動も含めて考えてみたいと思います。

※ここからは結末を含むネタバレがあります。

 

 『ハウス・オブ・ダイナマイト』のあらすじ

 

ある日、アメリカに向かって正体不明の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射されたことが確認されます。

予想される標的はシカゴ。

着弾まで、わずか18分ほどしかありません。

 

ホワイトハウス、米戦略軍、国防長官、そして大統領。

アメリカ政府の中枢にいる人々は、限られた情報の中でミサイルの迎撃を試みる一方、「誰が撃ったのか」「迎撃に失敗した場合、報復するのか」という判断を迫られていきます。

 

物語は、同じ約18分間を3つの異なる視点から繰り返しながら、少しずつ危機の全体像を見せていきます。

 

アメリカは迎撃ミサイルを発射しますが、迎撃は失敗。

核ミサイルはそのままシカゴへ向かいます。

そして最後まで分からないのが、「誰が撃ったのか」ということ。

 

ロシアなのか、中国なのか、北朝鮮なのか。

あるいは別の可能性なのか。

発射主体を確定できないまま、大統領はとんでもない選択を迫られます。

報復するのか。
しないのか。

 

ところが映画は、大統領がどちらを選んだのかを見せません。

本人確認のコードを読み上げ、まさにこれから決断するというところで物語は終了します。

だから私の第一声は、「え? 終わり?」でした。

 

 なぜこんなモヤモヤする終わり方なのか

 

キャスリン・ビグロー監督が描きたかったのは、「どこの国がアメリカを攻撃したのか」という犯人探しではないようです。

 

この映画が問題にしているのは、核兵器そのものと、それを大量に抱えた世界の危うさ。

もし最後に、

「犯人は○○でした」

「大統領は報復しました」

「シカゴはこうなりました」

まで描いてしまえば、物語としてはスッキリします。

 

でも、それでは観客は映画の中で用意された答えを受け取って終わってしまう。

あえて答えを出さず、

「こんな状況になったら、どうすればいい?」

という問いだけを観客に渡したかったのでしょう。

 

なるほど。

言いたいことは分かる。

 

分かるんですが、

私はラストより、その前からずっと別のことが気になっていました。

 

 それよりアメリカの防衛体制、あんなにグダグダなの?

 

これです。

世界でもトップクラスの軍事力を持つアメリカなのに、ミサイルが1発飛んできただけで、

電話する。

確認する。

また電話する。

「誰が撃った?」

「分かりません」

「迎撃は?」

「失敗しました」

「じゃあどうする?」

……。

アメリカの防衛システム、本当にこんなんなの?

核ミサイルより、こっちが気になってしまいました。

 

もちろん現実には、アメリカには早期警戒衛星や各種レーダー、指揮・通信システムなどを組み合わせたミサイル警戒・防衛体制があります。

 

映画のように「何が起きているのか誰にもよく分からない」という単純な状況ではありません。

 

発射されたミサイルの軌道から、発射地点を推定することもできます。

つまり映画では、「誰が撃ったのか分からないまま時間だけがなくなる」という極限状態を作るため、いくつもの厳しい条件を重ねています。

 

だから観ているこちらとしては、

「いや、もうちょっとちゃんとしてるやろ」

が先に来てしまったんですよね。

 

グダグダすぎて逆にリアリティが半減しているというか…。

完璧な防衛の元で、それを上回るアンノウンからの攻撃にどう対処するか?ならまだしもです。

 

 

 でも「迎撃できるとは限らない」は現実だった

 

ところが調べてみると、映画が描いている怖さのすべてが大げさというわけでもありません。

アメリカにはICBMを迎撃するためのGMD(地上配備型ミッドコース防衛)というシステムがあります。

 

しかし、迎撃ミサイルを撃てば必ず命中するわけではありません。

劇中では、その難しさを「コイントス」のように表現する場面があります。

 

さすがに映画的に盛っているのかと思ったら、過去の試験結果を考えれば、まったく根拠のない数字でもありません。

 

つまり、

世界最高水準の防衛システムがあっても、ICBMを100%防げるわけではない。

ここは現実にも存在する怖さなんです。

 

だったら「ちゃんとしているのに防げない」を見たかった。

 

衛星が発射を検知する。

レーダーが軌道を追跡する。

各部署がマニュアルどおりに動く。

情報もきちんと共有される。

迎撃ミサイルも予定どおり発射される。

みんな、ちゃんと仕事をする。

 

それでも、迎撃できない。

そして残された時間は数分。

こっちの方が、私はよほど怖い。

 

誰かがミスしたから危機に陥るのではありません。

世界最高水準のシステムと、その道のプロたちが正常に機能しても、核ミサイルを完全には防げない。

 

そのうえで、

「誰の命令で撃たれたのか」

「次の攻撃はあるのか」

「報復すれば全面核戦争になるのではないか」

を短時間で判断しなければならない。

ちゃんとしていて、それでも詰む。

 

その恐怖をもっと見せてくれたら、最後に大統領が迫られる決断にも、さらに説得力が出たように思います。

 

 一番驚いたのは国防長官ベイカーだった

 

そんな中で、個人的に一番「えっ!?」となったのが、ジャレッド・ハリス演じる国防長官リード・ベイカーです。

 

ベイカーにはシカゴに暮らす娘がいます。

しかも妻を亡くしたばかりで、娘との関係もうまくいっているとは言えません。

 

ミサイルの標的がシカゴだと分かり、何度も娘に連絡しようとします。

ようやく電話がつながると、娘は最近付き合い始めた男性の話をします。

ベイカーは、もうすぐシカゴに核ミサイルが到達することを知っています。

 

でも、娘には言わない。

普通の父親として話し、そのまま別れます。

 

そして自分は、核攻撃にも耐えられる地下施設へ避難するため、屋上のヘリポートへ向かいます。

ヘリが待っている。

 

当然、乗るものだと思うじゃないですか。

ところが、乗らないのです。

そのまま屋上から飛び降りてしまいます。

 

いや、そっち?!!

この映画で一番驚いたの、私はここでした。

 

演じたジャレッド・ハリスによると、ベイカーは妻を亡くした悲しみからまだ立ち直れていない上に、今度は娘まで失う。

 

自分だけが安全な地下施設へ避難して、妻も娘もいない世界で生き残ることに耐えられなかった。

そういう心理だったようです。

 

考えてみれば、かなり残酷な場面です。

彼はアメリカの国防長官です。

国家を守る立場にいる人間なのに、自分の娘一人を守ることができない。

しかも自分だけは、その立場ゆえに助かる場所へ連れていってもらえる。

 

巨大な国家システムの中心にいる人物が、最後にはただの「娘を助けられない父親」になってしまう。

私はこの場面、映画の中でもかなり印象に残りました。

 

さらに面白いのは、前の章ですでにベイカーが飛び降りたときの騒ぎを、私たちは「音」だけ聞いていること。

 

そのときは何が起きたのか分かりません。

同じ18分間を別の視点から見直した第3章になって初めて、

「あのときの騒ぎ、これだったのか」と分かる。

同じ時間を3回繰り返す構成が、ここではちゃんと効いていました。

 

 

 「結末がない」ことより「そこまでの詰み方」が気になった

 

この映画のラストは、かなり好みが分かれると思います。

私は、答えを見せないこと自体は嫌いではありません。

誰が撃ったのか分からない。

大統領が何を選んだのかも分からない。

その後シカゴがどうなったのかも描かない。

 

だからこそ、

「自分だったらどうする?」

という問いが残ります。

 

ただ、個人的には、

「そこで終わるんかい!」以上に、

そこへ至るまでの“詰み方”に少し納得できなかった。

 

現実のアメリカの防衛体制は、映画を観て感じるほど単純でも無防備でもありません。

それでも核ミサイルを100%防げるわけではない。

 

だったら、

「こんなにグダグダだから危ない」ではなく、
「こんなに備えているのに、それでも危ない」

という恐怖をもっと見たかった。

 

その方が最後に大統領が決断を迫られたとき、

「なんなん、この終わり方!」

ではなく、

「……これ、答えなんてある?」

という、もっと嫌な余韻が残った気がします。

 

とはいえ観終わったあと、

「実際のアメリカのミサイル防衛ってどうなってるの?」

「ベイカーはなんで飛び降りたの?」

「結局あのラストは何だったの?」

と、ここまで調べてしまった時点で、

監督の思惑にはまんまと乗せられている。

そう考えると、……ちょっと悔しい。

 

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