吉川英治(原作)、内田吐夢(監督)、中村錦之助(主演)の宮本武蔵5部作(東映・昭和36年~40年)は、武蔵映画の最高峰と言っても過言ではないでしょう。
第5部「宮本武蔵 巌流島の決斗」<4Kデジタルリマスター版>が2023年5月~6月、時代劇専門チャンネル(CS)で放送されます。
特に完結編の「宮本武蔵 巌流島の決斗」は冒頭に前4作(「宮本武蔵」・「般若坂の決斗」・「二刀流開眼」・「一乗寺の決斗」)のダイジェストが数分挿入されており、名場面を網羅した映像と解説で、9時間30分の大作が2時間で観られるようなお宝作品です。
<宮本武蔵 解説「宮本武蔵 巌流島の決斗」より>
50年程前、新宿東映オールナイト興行「宮本武蔵」全5部作一挙上映に出掛けました。
夜10時頃から上映開始、始発電車が動き出す朝までの9時間30分、客席もほゞ満席でした。
私は第2部「宮本武蔵 般若坂の決斗」と完結編の第5部「宮本武蔵 巌流島の決斗」が好きです。
「宮本武蔵 般若坂の決斗」は、奈良県春日山でロケが行われ、血が噴き出て首が飛ぶショッキングシーンの連続に見学者が卒倒、警官が出動して大騒ぎになったとの逸話があります。決斗シーンのダイナミックな殺陣も然ることながら、奈良・宝蔵院での試合後、老僧日観(月形龍之介)が武蔵(中村錦之助)を戒しめる場面、試合に勝った武蔵が「敗れた!」と呟く場面が忘れられません。月形龍之介の演技が絶品でした。
宝蔵院に向かう武蔵は、菜畑で菜を耕っている老僧・日観(月形龍之介)に身構える。
<月形龍之介・中村錦之助>
宝蔵院の試合で阿巌(山本麟一)を倒した武蔵が、日観から茶粥を振舞われるシーン。
<月形龍之介、中村錦之助>
日観:「茶粥をしんぜよう」
吉川英治の原作も味わい深い。
<吉川英治・著「宮本武蔵」水の巻・茶漬の章より原文抜粋。>
「宮本武蔵と申されたの」
「左様でござります」
「兵法は誰に学ばれたか」
「師はありませぬ。諸国の先輩をみな師として訪ね、天下の山川もみな師と存じて遍歴しておりまする」
「良いお心がけじゃ。――しかし、おん身は強すぎる、余りに強い」
誉められたと思って、若い武蔵は顔の血に恥じらいをふくんだ。
「どういたしまして、まだわれながら未熟の見えるふつつか者で」
「いや、それじゃによって、その強さをもすこし溜めぬといかんのう、もっと弱くならにゃいかん」
「ははぁ?」
「わしが最前、菜畑で菜を耕っておると、その側をおてまえが通られたじゃろう」
「はい」
「その折、おてまえはわしの側を九尺も跳んで通った」
「は」
「なぜ、あんな振舞をする」
「あなたの鍬が、私の両脚へ向かって、いつ横ざまに薙ぎ付けて来るかわからないように覚えたからです」
「はははは、あべこべじゃよ」
老僧は笑っていった。
「お身が、十間も先から歩いてくると、もうおてまえのいうその殺気が、わしの鍬の先へびりッと感じていた。殺気は、つまり、影法師じゃよ」
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完結編の第5部「宮本武蔵 巌流島の決斗」では、武蔵が小次郎(高倉健)との決斗に出向く前に、お通(入江若葉)と再会する場面が忘れられません。
お通役の入江若葉は女優入江たか子の娘で、この宮本武蔵のヒロイン・お通役で芸能界デビューしています。
<中村錦之助、入江若葉>
武蔵:「お通さん、剣は無情だ」
お通:「無情なのは剣ではありません。あなたの心です。どうか、むごたらしい決斗は止めてください」
武蔵:「出来ぬ、武士の道は厳しい。許せ」
武蔵:「武士の妻らしく、笑ろうて送ってくれ」
お通:「笑ろうてなど送れません。泣いてここを動きません」
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吉川英治の原作も味わい深い。
<吉川英治・著「宮本武蔵」円明の巻・彼の人・この人の章より原文抜粋。>
「痩せたなあ」
と、掻き抱かぬばかり、背に手をのせて、熱い呼吸を弾ませている彼女の顔へ顔を寄せて、
「・・・ゆるせ、ゆるしてくれい。無情(つれな)い者が、必ずしも、無情い者ではないぞ、其女(そなた)ばかりが」
「わ、わかっています」
「わかっているか」
「けれど、ただ一言、仰って下さいませ。・・・つ、妻じゃと一言」
お通はいつか、全身で嗚咽していた。とつぜん、懸命な力で、武蔵の手をつかんで叫んだ。
「死んでも、お通は。――死んでも・・・」
武蔵は、もくねんと、大きく頷いて見せたが、細くて怖ろしく強い彼女の指の力を、一つ一つ捥ぎ離すと振り退けるようにして、突っ立った。
「武士の女房は、出陣にめめしゅうするものではない。笑うて送ってくれい。――これ限りかも知れぬ良人(おっと)の舟出とすれば、なおさらのことぞ」
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小次郎との決斗を前に、海岸で、お通、又八(木村功)、朱美(丘さとみ)、お杉(浪花千栄子)が、武蔵を見送る。
<浪花千栄子(中央)>
お杉:「武蔵(たけぞう)、負けるでないぞー。負けるでないぞ―」
ラスト、佐々木小次郎との巌流島の決斗も必見です。
<中村錦之助、高倉健>
「巌流島の決斗」が製作された昭和40年頃は、京都時代劇に陰りが見えて、会社(東映)から「客が来ない時代劇に金は掛けられない」と、製作中止の憂き目にあったそうです。
前作4本に比べ、予算が大幅に削られOKが出たそうですが、武蔵が血に染まった我が手を見て「殺さなければ殺される。我、事に於いて後悔せず」「剣は所詮武器か」と悩む脚本(鈴木尚之、内田吐夢)に流れるテーマ、内田吐夢監督の骨太の演出が見事な出来栄えでした。
佐々木小次郎との決斗が終わり、巌流島を小舟で離れる「宮本武蔵 巌流島の決斗」のラストシーン。
武蔵:「剣は所詮武器か・・・」
「宮本武蔵 巌流島の決斗」の主要キャスト。
宮本武蔵:中村錦之助 (萬屋錦之介)
本位田又八:木村功
朱美:丘さとみ
宗彭沢庵:三國連太郎
お通(又八の許婚):入江若葉
お杉(又八の母):浪花千栄子
佐々木小次郎:高倉健
細川忠利(細川家):里見浩太郎
岩間角兵衛(細川家):内田朝雄
小林太郎左衛門(宿屋主人):清水元
お光(角兵衛の姪):三島ゆり子
三沢伊織(武蔵の弟子):金子吉延
岡谷五郎次(細川家):有川正治
佐助(船頭):嶋田景一郎
長岡佐渡(細川家):片岡千恵蔵
昭和40年7月「宮本武蔵 巌流島の決斗」は一般公開に先立ち、丸の内東映のみで12日間、本作一本立てのロードショー特別興行が行われ、1日平均100万円を割らない大ヒットで、同劇場の興行成績を更新しています。
<自宅所蔵の吉川英治・著「宮本武蔵」文庫本>
「宮本武蔵 巌流島の決斗」時代劇専門チャンネル(CS)の放送予定日。
2023年5月 21日、28日
2023年6月 2日、25日
<時代劇専門チャンネル・公式サイト>
<4ヵ月(2-5月)連続>主演:中村錦之助/監督:内田吐夢 映画「宮本武蔵」<4Kデジタルリマスター版>5部作TV初放送|時代劇専門チャンネル (jidaigeki.com)
<「宮本武蔵」に関する過去のアメブロ投稿>
中村錦之助主演の「宮本武蔵」「宮本武蔵 般若坂の決斗」「宮本武蔵 二刀流開眼」「宮本武蔵 一乗寺の決斗」「宮本武蔵 巌流島の決斗」を年1作、5年がかりで連作した内田吐夢・監督の渾身作。DVD化されています。
映画も、吉川英治の原作小説も面白い。是非、ご自宅でお楽しみください。
文中、敬称略としました。ご容赦ください。
<「宮本武蔵」市販DVD、文庫>