「宮本武蔵」★映画と小説(その1)からの続きです。
緊急事態宣言で外出自粛の折、我が家の大型テレビで、
久々に中村錦之助版「宮本武蔵」DVD一挙上映を楽しみ、
併せて、原作・吉川英治の小説「宮本武蔵」を読み直しました。
記事の分量が多いため、その1、その2に分割掲載します。
文豪・吉川英治の不朽の名作を、巨匠・内田吐夢が監督した大河ロマン。
時代劇全盛時代の東映京都撮影所で製作された時代劇は、活気があり面白い。
何度観ても飽きません。
脚本は成沢昌茂・鈴木尚之・内田吐夢。
撮影は坪井誠・吉田貞次が毎回交代で撮っています。
吉川英治・著「宮本武蔵」原文の私が好きな個所を、映画の画像と一緒に抜粋しました。
原作を読んでいると、先に観た映画の場面が頭に浮かびます。
第4作目「宮本武蔵・一乗寺の決斗」
(昭和39年 東映スコープ カラー 128分)
武蔵は光悦(千田是也)から美の心を学ぶ。
吉岡清十郎の弟・伝七郎からの挑戦を受け、雪の夜の蓮華王院三十三間堂で伝七郎を斬る。
面目を失った吉岡一門は総力をあげて武蔵と一乗寺で対決する。
吉岡一門73人対武蔵。モノクローム画面で展開する名決斗シーン。
武蔵は伝七郎を倒して光悦に誘われた遊廓に戻る。そこで吉野太夫(岩崎加根子)が琵琶を壊して武蔵を諭す場面。
<蓮華王院三十三間堂で伝七郎と対決>
武蔵:「吉野殿、どうしてこの武蔵が未熟な体に見えるのか」
吉野:「先程の、あの琵琶の不思議な音色をお聴きあそばしましたか」
琵琶を壊して・・・
吉野:「琵琶の、あの強い調子は、横木の弛みと緊まりとが、程よく加減されて・・・」
<吉川英治・著「宮本武蔵」風の巻・断弦の章より原文抜粋。>
「もし、武蔵さま」
「なんですか」
「あなたはそうやって、誰に備えているのですか」
「敵には」
「元よりのこと」
「女のわたくしには、兵法などという道は分かりませぬが、宵の頃から、あなたの所作や眼ざしを窺っていると、今にも斬られて死ぬ人のように見えてならないのです」
(中略)
吉野は惜し気もなく、見る間に琵琶の体を縦に裂いてしまっていた。
「ご覧じませ」
生々しい木肌を剥き出して、裂かれた琵琶の胴は胴の中の構造を明らさまに燈の下に晒(さら)している。
粗末ながらこの一面の琵琶を砕いて、あなたに分かっていただきたいと思う点は――
つまりわたくし達人間の生きてゆく心構えも、この琵琶と似たものではなかろうかと思うことでござりまする」
「・・・・・」
武蔵の眸は、琵琶の胴から動かなかった。
「あの強い調子を生む胴の裡には、こうした横木の弛みと緊まりとが、程よく加減されてあるのを見て、これを人の日常として、沁々、思い当たったことがあったのでござりまする。ふと、今宵あなたの身の上に寄せて考え合わせてみると・・・ああ、これは危ういお人、張り緊まっているだけで、弛みといっては微塵もない。
第5作目の「宮本武蔵・巌流島の決斗」
(昭和40年 東映スコープ カラー 121分)
“宮本武蔵”シリーズ完結編。
冒頭、第1作から第4作の解説(30分程度)があり、これまでの話がダイジェストで楽しめる。
クライマックスは武蔵と佐々木小次郎の有名な巖流島の決斗。
《私の好きな原作の個所》
武蔵が小次郎との決斗に出向く前に、お通と武蔵が再会する場面。
武蔵:「お通さん、剣は無情だ」
お通:「無情なのは剣ではありません。あなたの心です。どうか、むごたらしい決斗は止めてください」
武蔵:「出来ぬ、武士の道は厳しい。許せ」
武蔵:「武士の妻らしく、笑ろうて送ってくれ」
お通:「笑ろうてなど送れません。泣いてここを動きません」
小次郎との決斗を前に、海岸で、お通、又八、朱美、お杉が、武蔵を見送る。
お杉:「武蔵(たけぞう)、負けるでないぞー。負けるでないぞ―」
<吉川英治・著「宮本武蔵」円明の巻・彼の人・この人の章より原文抜粋。>
「痩せたなあ」
と、掻き抱かぬばかり、背に手をのせて、熱い呼吸を弾ませている彼女の顔へ顔を寄せて、
「・・・ゆるせ、ゆるしてくれい。無情(つれな)い者が、必ずしも、無情い者ではないぞ、其女(そなた)ばかりが」
「わ、わかっています」
「わかっているか」
「けれど、ただ一言、仰って下さいませ。・・・つ、妻じゃと一言」
お通はいつか、全身で嗚咽していた。とつぜん、懸命な力で、武蔵の手をつかんで叫んだ。
「死んでも、お通は。――死んでも・・・」
武蔵は、もくねんと、大きく頷いて見せたが、細くて怖ろしく強い彼女の指の力を、一つ一つ捥ぎ離すと振り退けるようにして、突っ立った。
「武士の女房は、出陣にめめしゅうするものではない。笑うて送ってくれい。――これ限りかも知れぬ良人(おっと)の舟出とすれば、なおさらのことぞ」
《宮本武蔵の脚本に流れるテーマ》
「殺さなければ殺される。我、事に於いて後悔せず」
「剣は所詮武器か」
「巌流島の決斗」が製作された昭和40年頃は、京都時代劇に陰りが見えて、
会社から「客が来ない時代劇に金は掛けられない」と、製作中止の憂き目にあったそうです。
前作4本に比べ、予算が大幅に削られOKが出たそうですが、骨太の作品で、見事な出来栄えでした。
宮本武蔵5部作のキャストは、主役も脇役も名優揃いで素晴らしい。
<キャスト(何となく登場順)>
宮本武蔵:中村錦之助 (萬屋錦之介)
本位田又八:木村功
お甲:木暮実千代
朱美:丘さとみ
宗彭沢庵:三國連太郎
お通(又八の許婚):入江若葉
お杉(又八の母):浪花千栄子
お吟(武蔵の姉):風見章子
辻風典馬(野盗):加賀邦男
青木丹左ェ門(池田家家臣):花沢徳衛
竹細工屋喜助:宮口精二
竹細工屋老婆:赤木春恵
亡霊:汐路章
池田輝政(姫路城主):坂東蓑助・佐々木孝丸
吉岡清十郎(吉岡道場):江原真二郎
祇園藤次(吉岡道場):南廣
林彦次郎(吉岡道場):河原崎長一郎
植田良平(吉岡道場):香川良介
木賃宿の親爺:織田政雄
城太郎(武蔵の弟子):竹内満
女主人:村田知栄子
横川勘助(吉岡道場):国一太郎
庄田喜左ェ門(柳生家):堀正夫
奥蔵院納所:中村錦司
日観(奥蔵院住持):月形龍之介
大坊主(法蔵院):大前均
胤舜(法蔵院):黒川弥太郎
野州川安兵ヱ(不逞浪人):小田部通麿
山添団八(不逞浪人):加藤浩
大友伴立(不逞浪人):中村時之介
髭面の雲助:尾形伸之介
赤壁八十馬(浪人):谷啓
吉岡伝七郎(清十郎の弟):平幹二朗
村田与三(柳生):片岡栄二郎
木村助九郎(柳生):外山高士
横川勘助(吉岡道場):国一太郎
出渕孫兵ヱ(柳生):神田隆
柳生石舟斎:薄田研二
佐々木小次郎:高倉健
吉野太夫:岩崎加根子
大田黒兵衛(吉岡道場):佐藤慶
叡山の僧:沢村宗之助
烏丸光広:徳大寺伸
壬生源左衛門(吉岡の長老):山形勲
壬生源左衛門の妻:松浦築枝
壬生源次郎(源左衛門の子):西村雄司
南保余一兵衛(吉岡道場):水野浩
りん弥:小野恵子
灰屋紹由(豪商):東野英治郎
本阿弥光悦:千田是也
妙秀(光悦の母):東山千栄子
細川忠利(細川家):里見浩太郎
柳生但馬守宗矩:田村高廣
岩間角兵衛(細川家):内田朝雄
小林太郎左衛門(宿屋主人):清水元
お光(角兵衛の姪):三島ゆり子
三沢伊織(武蔵の弟子):金子吉延
岡谷五郎次(細川家):有川正治
北条安房守:中村錦司
厨子野耕介(刀研ぎ師):中村是好
佐助(船頭):嶋田景一郎
半瓦弥次兵衛(侠客):中村時之介
菰の十郎(半瓦の子分):鈴木金哉
秩父の熊五郎(馬喰):尾形伸之介
野武士の首領:岩尾正隆
長岡佐渡(細川家):片岡千恵蔵
《付録》
宮本武蔵5部作のDVDジャケット。
内田吐夢監督は、宮本武蔵5部作完成後、昭和46年に前作では割愛した話、武蔵(中村錦之助)と鎖鎌の宍戸梅軒(三國連太郎)の対決を中心に、東宝配給で「真剣勝負」を監督、遺作となりました。
脚本は時代劇の御大、伊藤大輔。
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中村錦之助の映画も、吉川英治の原作小説も面白い。
外出自粛の折、是非、ご自宅でお楽しみください。
文中、敬称略させて頂きました。ご了解ください。
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最後まで有難うございました。