音楽史、とりわけハードロック史上に名を残すギタリストが、かつての栄光を共に歩いたバンドを去ったのが1975年。
そしてその年、彼を中心として集まったメンバーにより、このバンドは誕生した。
現在に残るへヴィメタルの源流は、まぎれもなくこのバンドだ。
およそツアーやアルバムをリリースする度に行われたメンバーチェンジにより、バンドとしての色がやや希薄だと思われる事が多い。
しかしながら、在籍したメンバーは各々がその後のへヴィメタル、ハードロックシーンにおいて、重要な足跡、功績を残している。
「RAINBOW」
ハードロックとへヴィメタルの架け橋。
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ディープ・パープルがアルバム「嵐の使者」を製作中の1974年。
アルバム収載曲に関して、リッチー・ブラックモアと他のメンバーとの間で意見の相違が表面化しました。
と・・・そこまでならば、ディープ・パープルでは珍しくも何とも無いメンバー対立であったのですが、事はその後、ブラックモアが収載したがっていた楽曲を、アメリカのバンド「エルフ」のヴォーカル、ロニー・ジェイムス・ディオと共に録音した事が引き金となって、ブラックモアのディープ・パープル脱退にまで発展します。
75年4月のパリ公演終了後、正式にブラックモアがディープ・パープルを脱退。 そして75年8月にアルバム「銀嶺の覇者(Ritchie Blackmore's Rainbow)」をリリースし、正式にレインボーとしてデビューしました。
ちなみに第一作目まではアルバムタイトルの原題でもあるRitchie Blackmore's Rainbowがバンド名としても使われていましたが、セカンドアルバムの発表後は頭のブラックモアの名称を取り、Rainbowと呼ばれるようになりましたね。
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当初、レインボーはブラックモアの個人的な嗜好によるバンドとして認知され、実際、デビュー作のサウンド面でブラックモアが実質的なプロデュースをしていたのは事実です。
しかし、セカンドアルバム「虹を翔ける覇者(RAINBOW RISING)」からドラムにジェフ・ベック・グループで活躍していたコージー・パウエルが参加する事により、ブラックモア、ディオ、パウエルによる強力な核を持つバンドとして変貌を遂げました。
この3人の強力な核により、レインボーのサウンドは第3作の「バビロンの城門」まで大きく進化する事となります。
デビューアルバムがブラックモアの個人的な嗜好を実現しただけのアルバムであった事と比べ、セカンドアルバム「虹を翔ける覇者」では、名曲「Stargazer」や「A Light In The Black」のような大作志向へと振れ、ややプログレッシブ・ロックに近いスタンスが取られ、サウンドには色濃くクラシカルなフレーズと、よりへヴィなサウンドが積極的に取り入れられており、同時期のTOTOやYESによるプログレッシブ・サウンドとは異なる印象の楽曲が生み出されました。
また3作目「バビロンの城門」では、基本スタンスは変えずに大作志向を改め、シンプルなハード・ロックへと方針を変えています。
特にこのアルバムには、速弾きのアルペジオが連続する、ブラックモアの作品の中でも評価が高い「Kill The King」や、アルバム原題となった「Long Live Rock'n'Roll」、そして唯一の大作「Gates of babylon」など、レインボーを代表する楽曲が収録されています。
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これらの3作品で、レインボーが実践してきた「クラシカル・フレーズとへヴィ・サウンドによる様式美」こそ、実は現在のへヴィ・メタルの源流となる重要なサウンドであったと言えます。
コージー・パウエルが紡ぐ早いビートに対して、クラシカルなフレーズをへヴィ・ディストーションに乗せながら速弾き出来たブラックモアだからこそ、後のへヴィ・メタルにおける「ビート対フレーズ」の図式の基礎が固まったと言えるでしょう。
また、レインボーに在籍した多くのミュージシャンはその後、それぞれの道でハード・ロックやへヴィ・メタルの発展に大きく関与して来ました。
ロニー・ジェイムス・ディオはレインボー脱退後、へヴィ・メタルの元祖として知られる伝説のバンド、ブラック・サバスに参加し「悪魔の掟」など、後に語り継がれる名盤を生み出しました。
コージー・パウエルはデヴィッド・カヴァーディル率いるハード・ロック・バンド、ホワイトスネイクに参加、その後エマーソン・レイク・アンド・パウエルへと渡り歩き、ハード・ロック、そしてプログレッシブ・ロックの両面で存在感の強いスーパー・ドラマーとして活躍しますが、1998年に自動車事故によって他界します。
ディオの後を受けてレインボーのヴォーカルとなったグラハム・ボネットは、脱退後に自らのバンド「アルカトラス」を結成します。
「アルカトラス」と言えば・・・ギタリストならばご存知でしょうが、イングウェイ・マルムスティーン、スティーブ・ヴァイと言ったスーパー・ギタリストを輩出したへヴィ・メタル・バンドとして知られていますね。
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ブラックモアがアメリカ市場を狙いだした第4作「DOWN TO EARTH」、続く「アイ・サレンダー」の頃から、レインボーのサウンドはよりポップな方向へと変わって行きます。
それが是か非かは置いておいて、しかしながら、この頃のレインボーのサウンドが現代のハード・ロックに対する良い手本となっているのは事実です。
なので・・・ 正直、今日の選曲は迷いに迷いました(苦笑)
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迷いに迷った1曲目は、本文中でも触れましたがリッチー・ブラックモアの全キャリアを通しても、おそらくかなり重要な位置にあると思われる名曲です。序盤のカントリーっぽいフレーズから始まるお遊びは置いておいて、やはりイントロから炸裂する速弾きイントロは、聴いた瞬間から鳥肌が立ちますね。ややパープルのイメージとカブる印象はぬぐえませんが、より洗練された、という意味ではこちらの方がよりハード・ロックのイメージに近いでしょうか?
セカンドアルバム「虹を翔ける覇者」で、B面の半分を埋めていた超大作。ミッドテンポながら、やや前ノリの強いリズムに乗ってかなりへヴィなサウンドが乗せられていますが、中間部でのギターソロは速弾きあり、ロングチョーキングありのブラックモアがやりたい放題な感じになっちゃっています。YESの大作に較べると、こちらの方が客は「息抜けない」感じになってますね(笑)
イントロのキーボードの入りからは想像付かないでしょ?このリフは(笑)サビのユニゾンの手法なんかは、割とプログレッシブで用いられる事が多かったりしましたけど、レインボーがやるとハードに聴こえるから不思議です(苦笑)この曲のギターソロ、ブラックモアのプレイの中ではかなり好きな部類なんですよね。やっとパープルが吹っ切れた感じがするんですよねぇ。
3作目「バビロンの城門」のアルバム原題でもあるこの曲は、上で紹介したレインボーとはやや真逆な感じのストレート・ロック。だからアルバムの中でも、この曲だけ妙に「浮いた」印象を持っちゃった記憶があります(苦笑)ただ、この後にアメリカ進出を考えていたブラックモアの戦略的な意図を意識して聴くと、ははぁ~~ん!って感じにはなりますが(笑)
本文では触れませんでしたが、このような感じのストレートなハード・ロックにポップな要素を入れ込んだレインボーも、確かにレインボーなのです。ですが、やはり初期の頃のよりへヴィな部分を評価していたファンは多く、日本でも前期、後期にファンが分かれてしまう事となりましたね。個人的には好きですが、、やっぱりレインボーとして聴くと物足りない感じはしますね。
デビューアルバムの中で、一番印象的だった思い出が強いのでUPしました。当時はぶっちゃけ、コレを聴いて「ブラックモアは何がしたかったんだろう?」なんて思ったりもしましたけどね(苦笑)コーラスの厚みやフレーズ回しは、ややもするとプログレッシブ・ロックなんですけどねぇ・・・ギターはそれでも、ブラックモアですね(笑)

