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飛行船602号ーるいんず

北海道行きを計画しています。

Kさん、廃村写真アップしておきますね。2020/8/2

 

男鬼(おおり)村と言います。

 

 

 

道路横の水路がきれいです。

 

道中の道。

 

リスクは3つだね。

(1)ヤマビル ・・ やつらはナメクジと同じなので食塩水を大量に持っていきました。

           足元に噴霧すればOK。

(2)ハチ ・・ 今回の誤算。夏はアカン、ということです。レンタルした車が黒だったので

         余計に襲われました。

(3)道 ・・ 誤算その2。4枚目の写真の通り林道なので、軽やないとアカンわ。

       ヴィッツを借りましたが、道にはみ出している草木の枝で擦り傷をつけてしまって

       帰りに警察署に行く羽目になりました。50過ぎて恥ずかしながらレンタカー

       を自損で傷つけた際の対処をよく理解していなかった。

 

まぁ、(2)(3)はこれでクリアできそうなので次は安全に行けるでしょう。

 

<初稿」2020/8/2 飛行船602号本館から移動、題名を「男鬼村」>

 

2020/8/12 前回写真だけ張り付けて止まってしまった。補足追加します。

 

(1) 明延鉱山で採掘する。

   幹線道路を横切るトロッコの線路跡が残っています。緑の扉の向こうは現在は、

   鉱山探検ツアーの入口になっていて事前予約で中を案内してくれるようです。

   この日は僕はお一人様で予約していないし探検日でもなかったので、

   このままスルー。

 

(2) (1)のトロッコ線路は小高い山をトンネルで抜けて反対側にでます。

    2枚目の写真がそのトンネルの出口ですが、GoogleStreetでは朽ち果てた

    警報機が残っていたので、ぜひ写真に残したかったが現実の現場は

    すでに撤去されていました。

    明延では、鉱石と単なる石を選別します(ボタ山が残っている)。

 

  

 

(3) さて、ここのボタの上には明神電車の駅があり、T先生はここを利用したはずです。

   鉱石をトンネル軌道で山向こうの神子畑まで運びます。

(4) 写真は神子畑側。この上に神子畑側の駅がありました。さらに鉱石を細かく分ける

   ため、ここは7層の段になっていました。残念ながら建物の廃墟は僕が行動を

   起こした時にはすでに撤去されて御覧の通りでした。

 

  

 

鉱山の中で僕の一番好きな施設がシックナー。円形の水槽で、鉱物と不純物を沈殿するか

どうかで分ける装置です。ここ神子畑には5基のシックナーがあります。ドローン飛ばして

上から見てみたーい。が、このように下から観察できる場所も珍しいと思われ、これはこれで

よかったです。

 

 

 

街のタバコ屋さん。かつての街の繁栄を残す電飾の看板がおしゃれです。

 

 

(5) 神子畑から専用鉄道で新井駅に鉱石を運ぶ。

   専用軌道と言ってもこの下の鉄道は馬車鉄道で道路の整備とともに早々と

   廃止になっています。が、この鉄橋は日本最古の鋳物の橋です。例のごとく

   跡地が山のすそ野に沿って微妙にカーブしています。

 

   ブラタモリでタモリがまたまた「この曲線具合は・・・、鉄道ですか?」といいそうな

   あぜ道です。

 

 

 

道路の途中で見ることができる馬車鉄道のトンネルの跡

 

 

 

< 初稿」2020/8/2 飛行船602号本館から移動 >

明延は、錫(すず)がとれる鉱山でした。錫のほかにも何種類かの鉱石がとれていました。

1960~70年代、日本のエネルギーは石炭から石油に代わり、残った石炭も安価な

輸入炭が主流となり、日本の鉱山の代表格である炭鉱はどんどん閉山していきました。

金や銀も、北海道の鴻之舞金山や明延の隣の生野銀山など資源枯渇で閉山しました。

 

そんな中、「明延は絶対つぶれない」と言われるぐらい、安定した出荷量があったようです。

 

当時、道路の整備されていない(あるけど非常に遠回り)明延鉱山から最寄り駅の播但線

新井(にい)駅まで鉱石を運ぶため、明延鉱山の構造は独特です。

 

(1) 明延鉱山で採掘する。

(2) 明延では、鉱石と単なる石を選別する(ボタ山が残っている)。

(3) 鉱石をトンネル軌道で山向こうの神子畑まで運ぶ。

(4) 神子畑で、さらに鉱石を細かく分ける。

(5) 神子畑から専用鉄道で新井駅に鉱石を運ぶ。

 

となります。

 

< 初稿」2020/8/2 飛行船602号本館から移動 >

あれは、どっかの月曜日のことです。前の日曜日に先生はある場所に遊びに行って

それを翌日僕たちに話したから、だと思うのですが・・

 

「君たちの住んでいる兵庫県には、1円で乗れる電車が走っている。知ってるか?」

 

鉄オタの僕としては、なんとしても正解を出したいところですが、

 ・ 国鉄 ×

 ・ 山陽電車 ×

 ・ 阪神電車 × 当時はまだ国道線なんて路面電車もあったが1円ではないよなぁ。

 ・ 阪急電車 ×

 ・ 神戸電鉄 ×

 ・ もしかして別府鉄道って安そうやん。1円か?

全部外れでした。

 

答えは、兵庫県の中央の山間部にある明延鉱山が運営する「明神電車」でした。

明神とは、明延と神子畑という地名を結んでいるので明神です。

 

実は、時は流れ2016年、神子畑、明延に訪れました。先生が乗ったと思われる1円電車

がこれ。

 

   

 

奇麗に保存されていました。明延鉱山のことは次で。

 

< 初稿」2020/8/2 飛行船602号本館から移動 >

詳細は不明なんですが、表題の頃に北海道に初上陸している。

 

目的は観光とは縁遠く、根北線という国鉄の未成線の後を見に行くだけのものでありました。

 

事は1975年までさかのぼります。季刊誌であった鉄道ジャーナル社の「旅と鉄道」'75年夏号に、

北海道の原野から唐突にローマの古代遺跡のような未成線の残骸が出ている記事を見ました。

当時中学になったばかりの僕は、いつか見に行ってみたいとひそかに思うわけでありました。

 

90年代は北海道のローカル線は、整理が進んで近くの標津線なども廃止になっていましたが、

線路の撤去工事が始まったばかりで、今思うとその辺も記録に残しておけばよかったのですが、

何しろ、仕事の合間を縫って2泊3日の強行軍だったので、残っておりません。

 

<根北線>

  知床半島の根っこの部分、斜里駅と根室標津駅を結ぶ路線として計画されましたが、

  斜里から途中の越川まで開業後、工事が凍結された路線であります。

  北海道の鉄道工事はどこも過酷で、ここもタコ部屋労働が行われていたそうです。

  結局再開されることなく、遺構だけが残ったという次第。

 

 

現地の写真。趣が半端ありません。

 

 

強行軍と言っておきながら、途中、野付半島の「トドワラ」を見に行っています。トドワラも昔、

松林であったのが、海水に侵食されて、松が残骸となってしまった独特の風景で、

まぁ植物のルインズですね。