井「なぁ、玲?またひかる先輩元に戻ってない?」
玲「あ、いの。そうなの。夏鈴を取り逃してからあの調子…。」
井「え、でもあれ、3ヶ月も前のことでしょ?」
玲「うん...。あんな高いビルから飛び降りたら誰もがもう無理だって思うじゃない?でも、下に降りたら夏鈴の姿がなかったの…。せっかく追い詰めたのに取り逃したって上からも言われて…。」
井「そうなんだ…よし!!」
玲「あ、待って!いの!行っちゃった…」
井「ひかる先輩!」
ひ「…井上。なに?」
井「な〜に落ち込んでるのよ。元気だしなさ…イテッ」
ひ「私の真似しなくていいから。」
井「だって忘年会の時のひかる先輩の金髪美女姿からの励ましよかったんですもん(笑)」
ひ「今、井上に構ってる暇はないの。あっち行って。」
井「ひかる先輩。ひかる先輩は凄い人です。夏鈴が逃げたのはひかる先輩のせいじゃありません。」
ひ「はいはい。ありがとう。」
井「きっとまた、夏鈴は現れますよ!その時にはひかる先輩が光の如く駆けつけて捕まえますもんね!ひかる先輩は霊長類最強っすから!」
ひ「なにその強そうなの(笑)」
井「あ!やっと笑った!」
ひ「はぁ、もう井上うるさい。罰としてコーヒー買ってきて。そこの!さっき井上と私の噂話してた玲もね!!」
玲「え、急な流れ弾…」
ひ「はぁ…」
あの日。
私は夏鈴を逃がしてしまった。
“意図的”に。
前までの私だったらありえない事だ。
だけど…あの事実を知ってしまったから…。
私は刑事課に所属し、潜入捜査を数多くこなしてきた。
強盗グループに潜り込み、アジトの情報を流し、強盗に入ったところを逮捕する。
初めはやりがいを感じていた。
…が、だんだんつまらなくなってきた。
どいつもこいつも煽てられて、あっという間にアジトや作戦を私に話してくる。
そんな時だった。
上司「今回はこいつの所に頼む。」
ひ「またっすか...え。」
私は渡された写真の女性に一瞬で心奪われた。
黒髪ショート。
目は前髪で隠れてはっきりとは見えない。
しかしアンニュイな雰囲気の彼女に惚れてしまった。
ひ「こ、この人は!!」
上「こいつは夏鈴。最近頻繁に現れるようになった。盗む相手が相手でな。ほっとけなくなった。こいつはソロだ。どこの組織にも属していない。だからいつもにも増して難しいと思うが...いけるか?」
ひ「はい。いかせてください。」
その日から夏鈴と接触するための準備を始め、夏鈴の情報を頭に叩き込んだ。
夏鈴が盗む相手は、いつも決まって警察上層部と繋がってそうな悪い集団。
だから大っぴらには捜査出来ない。でも上層部的にはもう我慢出来ないということで私が駆り出されたということが分かった。
そして夏鈴の盗みはスマート。
まるで猫のように忍び込みあっという間に盗んで退散する。
どんな案件でも長くて5分しか滞在していない。
だから証拠もなかなか残らない。
これは面白くなってきた。
玲「ひかる警部、顔怖くなってますよ。」
ひ「だって、この夏鈴ってやつ...考えただけでゾクゾクするわ。」
玲「こんなにやる気のあるひかる警部、久々に見ましたよ。でも、無茶はしないでくださいね。」
ひ「うん。また今回も、情報がわかり次第全部玲に流すから。対応よろしく。」
玲「はい。ご武運を。」
そう言って夏鈴とのファーストコンタクトの日を迎えた。
ひ「私と組まない?もっと稼がせてあげる。」
今思えば、割と賭けだったと思う。
普通の盗人ではありえない真っ白な服。
今までの夏鈴の動向や盗む感じから夏鈴の好みに合いそうな服、雰囲気を身にまとった結果だった。
でもそのお陰で大成功。
無事、夏鈴と組むことになった。
それからは夏鈴に信頼して貰えるよう、盗みの成功率を上げ、宣言通り稼げるようにした。
だいぶ信頼度が上がってきた頃。そろそろかなと思って夏鈴にふっかけてみた。
ひ「なぁ、夏鈴?そろそろアジト連れてってくれん?」
夏「アジト?アジトなんかないで。あるのは自分の家だけや。」
ひ「じゃあ、今日の仕事のあと、夏鈴の家連れてってよ!」
夏「えー。ええけど。なんもないで。」
ああ、やっぱり夏鈴も他の奴らと同じく簡単に教えちゃうのか...と少しガッカリした。
でも、これだけ稼いでいるんだ。何も無いと言ってもなかなかな家に住んでいるんじゃないかと思うし、なんせ夏鈴の生活に、夏鈴自身に興味がある。
そして組み始めて気が付いたが、夏鈴は全く証拠を残さない訳ではなかった。
風鈴のマークを盗みに入った場所のどこかに必ず残して行くのだ。
ひ「ねぇ、なんでこの風鈴のマークを残すの?」
夏「んー。やっぱ人様の物を盗むって悪い事で、こっちが一方的に盗むだけじゃフェアじゃない。だから“ありがとう”と“ごめんなさい”の意味で残してる。」
ひ「え、悪いことって分かってるなら、盗みなんかしなければいいじゃん。」
夏「んー。まあ、そうなんやけどなぁ...。」
んー。この世界のルールは分からない。
頭を掻きながらそう話した夏鈴はまだ何か隠している気がした。