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ニュースを観るとどの番組でも取り上げられていたのが、

柔道女子の園田監督の辞任報道。


日本代表候補15名が連名で

園田監督の肉体的精神的暴力を告発し、

それが理由で辞任することになったらしい。


最近のいじめ問題や指導者の暴力問題、

これはどれも一つ一つは本当に酷い内容だと思うし、

あってはならないことだと思う。


でも、マクロ的視点で見ると、

いまのこの流れは世の中が良い方向に進んでいる

一つのサインではと感じている。


なぜそう思うか。


それは今まで閉鎖的で変わることがなかった

学校やその延長上にある部活動、スポーツの

世界がどんどん変化しようとしているパワーを感じるからだ。


従来はいじめや部活動における暴力は、

言葉では問題と言われてきてはいたが、

本気で変えようという意識は感じられなかった。


どこか、あきらめ感というか、しょうかないじゃん的な

雰囲気があった。


でも、潮目が変わってきている。



少しずつ世の中が良い方向に進んでいる。

いじめや暴力に本気でNOを突き付け始めている。

今がその過渡期にあるように思う。



そういう意味では、今回の当事者である園田監督には猛省してもらいたい。

二度と同じ過ちを繰り返さないでほしい。

そして、是非とも今回の反省を活かし、現場にカムバックして活躍してほしい。


理想的な社会っていうのは、

失敗は失敗としてしっかりと指摘がされ、

改めることが求められ、必要に応じてそれ相応の対応がされる。

でもその反面、やる気がある限り

何度でもチャレンジできる環境であるべきだと思う。


だから、例えば一度退陣した安倍さんがまた総理大臣になったことは

政策とかは別としてもその事実だけで個人的には喜ばしいことである思っている。



ダメなことはダメ。

努力する人は報われる。

失敗してもやる気さえあればチャレンジができる。

当たり前のようでなかなか、実現世界ではいずれも難しいこと。


でも、これからを担う世代としては、

それが本当になる社会を創るために一役を担っていきたいと思う。


今回のニュースを観て、そんなことを考えてた。


・・・ちょっと、格好良すぎだな。笑




私事だが平日は少なく見積もっても

毎日3時間以上を電車の中で過ごす。


そう、通勤のため。

ドア・ツー・ドアで約110分。


計算すると1年のうち、1か月以上を電車の中で過ごしているのです。


正直ストレスに感じることは多々あるし、

次の日が仕事だと飲み会とかも行きづらくなる。

行っても終電が早いし。


職場まで30分以内の場所に住んでいたことも

ある身にとってはこの通勤時間は相当堪える。


ビジネス書を見ても

通勤時間で無駄にする時間やストレスを考えると、

安易に郊外に住むことはお勧めしないよ!

的な内容のものもよく目にする。


マイホームを買っているわけでもなく、

金銭的に余裕がないわけでもない。


この件に関しては、夫婦喧嘩の原因トップ3にも確実に入る位

嫁にアグレッシブに主張してきた。



でも、これが現実。

処々の事由によって今後も都内に

越すことは当分難しそう・・。



でも、最近少し考え方が変わってきた。



事実は一つ。

それにどのようなフレイバーをつけるかは自分次第。

どうせならマイナスではなく、プラスにしたい。


表面的にやせ我慢して強がるんじゃなくて、

本心からそう思えるように。



そこで考えてみた。


まず一つ。

自分の周りでは、2時間近くもかけて

通勤している人はいない。


その意味では自分は非常にユニークな存在になる。

これは考えようによっては差別化要因になりうる。


例えばこの通勤時間を強制的に勉強の時間とする。


過去の感覚知としても

通勤時間が長いほうが読書する量は圧倒的に多い。


通勤時間を読書の時間として活用すれば

知識のインプットにつながる。




それともう一つ。

これは今年の大きな目標なのだが、

自分は今年猟師の免許を取得しようと思っている。


昔から釣りやアウトドアは大好きだった。

そして、そのキング・オブ・アウトドアが猟だと感じている。


興味はあったが、具体的なアクションは起こしてこなった。

でも、色々と情報を調べると、各地域に猟友会なるものがあり、

定期的に猟師になるための試験(猟銃など)も行われいる。


せっかくこうして埼玉の田舎に住んでいるんだから、やはり活かさないと。

一度きりの人生もったいない。


少し車を飛ばせば猟ができる区域もある。

自分はそんな恵まれた環境にいる。

これは都心に暮らしていたらできないはず。


こういう風に今の環境を嘆くのではなく、

プラス要因に変えていく。


そう思うと、通勤の110分の意味もだいぶ変わってくる。

まぁ都内に住むことをあきらめたわけではないけどもね!



年明けからニュースの一つとして

大々的に取り上げられているのが、

アルジェリアで起こった人質事件。


その陰で大きなニュースとなり、

徐々に波紋を広げているのが、

大阪市立の高校でバスケ部顧問の暴力を

理由に生徒が自殺をした痛ましい事件。


事件をきっかけに他県の高校中学で

調査を行ったところ、出るわ出るわ、

教師による暴力事件のオンパレード。


体育部にも所属し、教育大を卒業して、

周りにも教員をしている人間が少なからず

いる者の実感知としては、

「やっぱりかぁ・・・。」

というのが、率直な感想。


はっきり言って学校という空間における部活動、

それも強豪と言われるところの監督は、絶対的存在。

大げさでもなく、宗教に匹敵するものがあると思う。


例えば、愛知県のある有名な陸上部の監督は

その暴力がきっかけで退学や転校した生徒がいるにもかかわらず

指導を継続。


その後、その事実が発覚した後に、部活動の指導から

離れるよう指示があった際、一部の保護者や生徒からは

それに対する異論の声があったという。


部活動を行っている生徒にしてみれば、

部活動イコール自分のすべてになっている(それはそれでどうかと思うが)ため

仕方のない側面があるが、親が異議を唱えるとは・・・。


何のための指導なんだろう。

何のための部活動なんだろう。

何のための教育なんだろう。


それを本当に分かって親は異議を唱えているんだろうか。


この暴力を頻繁にふるった教師は陸上界での実績は申し分ないらしい。


でも、だ。


だからといって日常的な暴力が正当化される理由にはならない。


異議を唱えている親は、暴力により去った子供の同級生の

犠牲の上に作られた指導と実績に何を見るのか。

ましてや、明日は我が子がその犠牲になるかもしれない。


どんなに素晴らしい指導者であっても、

実績があっても、熱い人であっても

教え子に暴力を振るう時点で×だ。


なぜなら部活動は、教育の場だから。



まだ駆け出しだが、人や組織の革新を推進する者としては、

やはり、今回の背景にも組織としての問題点があると感じている。


その一つが教員の流動性の無さだ。


教員は基本的に採用されたら最後、定年まで教員を続ける。

つまり、学校という閉鎖された空間で特段問題を起こさない限り

クビになることがない環境が用意される。

結果どうなるかというと、教員と一般人との認識や思考に著しいギャップが生じる。


やはり、子供を教育する教師は定期的に一般企業等へ

勤めることができるようにすべきだと思う。


それが難しいようであれば、教員の中途枠を作り

一般企業経験者を多く教育界に受け入れるべきだと思う。


これが一つ。

そして、もう一つはやはり評価制度だろう。


何をもって成果とするのかを学校教育でも

明確にして、成果主義を導入したらどうだろうか。


努力しようがテキトーに過ごそうが

問題を起こしさえしなければ同等に昇進する年功主義ではなく、

成果によってポジションや処遇を変えていく、

民間企業では当たり前のことを教育界にも導入したらどうだろうか。


そうすることで、ごくごく当たり前のことが

当たり前にできるようになるし、何がNGで何がGOODかも

フィードバックがされることになるだろう。


スケープゴートとして教育現場、

教員をバッシングするつもりは毛頭ない。


健全な組織を創るためには、

適切な仕組みと制度が必要なんだと思う。


そして、残念ながらその両方が

いまの教育現場には、教員の世界には、ないと思う。