「幽霊は存在するのか」
については有史以来議論されてきたと言っても
過言ではないだろう。
洋の東西を問わず
太古の文献、伝承、口伝等から
心霊体験や怪談と言っていい記述を見つけることができる。
ならば冒頭の議論も
太古からのものではないだろうか。
「ふむ…まずはこんなところか。」
キーボード上を慌しく動いていた両手を一先ず休めてモニターを眺める。
私はここ数年仕事後の時間の多くを今日のように文章を書くことに費やしている。
超人気ブログ「夢旅人、チンビカン」を運営していく為の時間だ。
ヤズーブログのTOP10ブログの一つとして、
期待に応えることに責任の重さと楽しさを感じている。
勿論100%満足というわけではないが、
これまでは読者の期待に応えてこれたと思っている。
ところが先日の更新で
使用しないはずのコメント機能をオンにしてしまった挙句、
投稿されたコメントへの返答に窮する醜態を晒してしまったのだ。
魂や霊魂といったものに関する総論を掲載したところ、
「結局魂はどうなるのか」
という質問が寄せられ何も答えることが出来なかったのだ。
最初取り乱したものの何とか冷静さを取り戻し、回答を保留し難を逃れた。
とは言えこのままにしておく訳にはいかない。
一生かけても結論の出せない問題かもしれない、
しかしほんの少しでも前に進むことによって
疑問に答えようとする姿を見せることが出来れば、
質問者に対する誠意を示せるのではないかと思った。
そこで冒頭の議論について検証、考察することから始めたのだ。
勿論議論の内容は時代によって違いが有るだろう。
たとえば科学の発展が芽生えてきた中世以前は
超常現象は宗教の問題であることがほとんどで、
その宗教の解釈を信じるか否かの議論であったのだ。
また信じるといっても超常現象はそう頻繁に
発生し目撃される訳ではない。
過去においても同様で、照明が未発達で現代人より
迷信深い人々は今よりも多く超常現象らしいものを
目撃しているのだが、ほとんど全てが
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
で終わったらしい。
ここで壁にぶつかってしまった。
まず研究対象となる事例を絞り込むことが非常に困難な上、
全人類(あえて言えば全生物)が持っているはずの魂を研究するのに、
それほど希少で特殊な事例を対象とすることが果たして正しいのか?
仮に現時点でのサンプルが少ないだけだと割り切ったにしても、
幽霊等の心霊現象と魂を結びつける証拠がある訳でもない。
例えば『死ぬ瞬間の脳が発したエネルギーの残留物だ』
と言われても現時点では否定も肯定も出来ないだろう。
ここまで書き進めて幽霊の問題を研究するのは諦めた。
興味深くはあるが、件の疑問に答えるためには仕様が無い。
だがここで相応しい研究対象を思いついた。
『輪廻転生』だ。
これなら死者との間に記憶の継承という確かな繋がりがある。
その上錯覚や思い込みが入り込む余地は心霊現象よりも少ない。
「これなら魂はどうなるのか、答えることが出来るかも!」
高揚し思わず叫んでしまった私は
輪廻転生と思われる事例の中から
最も多いものを抽出することにした。
そして数時間、作業が完了し最も多い
輪廻転生らしき事例の文章が完成した。
早速読んでみよう。
私は前世で
精霊神聖騎士団に所属していました。
仲間であったファイネス、
シュマイザー、オリナスを探しています。
これらの名前に
覚えのある方は連絡ください。
………
私の研究は頓挫した。

