いつも私達のお送りする「漢的恐怖劇場」で
恐怖してくださってありがとうございます。
真美漢です。

これまで「漢的恐怖劇場」を通して、
数多くの怪談、体験談をお送りしてきたわけなんですが、
これが皆さんには不思議なようで、よく質問されます。

「もう日常生活からして恐怖まみれなんですか?」

「すごい数の怪談です。霊媒体質なんですか?」


等々…いい機会なのでここでお答えします。

この「漢的恐怖劇場」では数多くの恐怖や
不可思議の体験談等をお送りしているわけですが、
我々が自身で体験したものは多くありません。
日常生活の中でとなるとさらに少なく、ほとんどありません。
大部分が精力的な取材や調査を積み重ねた結果なのです。

したがって二つ目の質問に対する答えも「霊媒体質では無い」となります。
この霊媒体質なる用語は超常現象関連の話題でよく出てくる言葉ですが、
ほぼ全てが売名や言い訳目的で使われていると確信しています。
売名については説明の必要は無いでしょう。
ブログなどで何かを発信する立場になると嘘を吐いたり、
大げさに書いたりしてでも注目を集めたくなるものです。

我々はその誘惑に打ち勝って真実の恐怖や不可思議のみを、
ただ愚直にお届けしているわけなのですが…
誘惑に負けてしまう人間も多く居ます。
彼らにとっては霊媒体質と言う言葉は
オカルト関係に興味がある人間の関心を集めやすく、
それらしく装うのに難易度も低めだということで好都合なわけです。

同じように取材や調査を面倒がる人間にとっても、
非常に便利な言葉といえるでしょう。
努力などしなくても霊媒体質と言う言葉一つで説明がついてしまうのですから。
その上で想像力や創意工夫といったものが有ればまだ良いのですが、
大抵は模倣やパクリのみなのが現状です。

楽をして注目を浴びようという輩の作ったものが
そうなるのは必然とも言えるでしょう。
前置きが長くなりましたが、
今回は私自身が遭遇した恐怖の体験をお送りします。

あれは一年ほど前、立ち寄った喫茶店でのことでした。
買い物で少々疲れたので一休みしようと思い、
小さく落ち着いた雰囲気を漂わせる店に入ってみることにしたのです。
低く通る声で「いらっしゃいませ」と言う初老の男性と共に
長い時間を過したであろう空間は、
心地よい眠りにも似た癒しの時間を私に与えてくれるようでした。

先客が二人居るようでしたが、
この空間の意味と価値を理解する粋な人たちなのでしょう。
ゆったりと穏やかな時間を静かに楽しんで居るようでした。

私も彼らに倣って静かにくつろぐことにしました。
素晴らしい時間を提供してくれたマスターへの感謝に
一品余分に注文することも忘れていません。
ブログを始めてからは忙しくなったので、
貴重な時間だと思い存分に浸っていました。
しかしそんな時間も長続きはしませんでした。

私の次に入ってきた男性二人組は会話の声が大きく、
場の空気が読めていないようでした。
マスターと先客も苦々しく思っているのが表情から読み取れました。
とはいえ常識外と言うほどでもなく、我慢するほかありませんでした。
観念した私は二人の会話を採点でもしてやろうと
開き直って聞いてみることにしました。
そして彼らの会話の内容に驚愕することになったのです。

「その点は漢的恐怖劇場のほうが上だろ!」

思わず紅茶を噴出しそうになりました。
動揺する心を無理やり押さえつけ、耳に全神経を集中させました。

「現実に最近のアニメのラインナップを見てみろよ、
何て言うか似たり寄ったりなヤツばっかりだろ。」

「そうか?いろんなジャンルのが有るだろ?
漢的恐怖劇場はオカルト分野だけだけど。」


どうやら彼らはアニメと「漢的恐怖劇場」を比較して議論しているようでした。
先客やマスターを困らせる原因の一端を担っている申し訳無さも有りましたが、
好奇心がそれに勝ったので決着が付くまで聞いてやろうと腰を据えました。

「ジャンルの多さの問題じゃない、
そこで描かれる物語やドラマの多彩さの問題なんだよ。」

「それこそ色々あるだろ、作品の数だけ有るんだから。」

「説明が足りなかったな、言いたいのは制作者が込めたメッセージ…
何を伝えたいかって部分なんだ。
ハッキリ言ってグラビアアイドルのイメージビデオみたいだ。
可愛い女の子で悶えてくださいってだけしか残らない。
神様 悪魔 魔法 超能力 ロボットは
そこに持っていく為の道具でしかない、そうだろ?」

「可愛い女の子を求めている人にいろんな形でそれを提供する。
何も悪くないし、恐怖や不思議を求めている人に
それを提供する漢的恐怖劇場。
一緒だろ、だったらユーザーの多さでアニメが圧倒してる。」


白熱する議論に少々気恥ずかしくなりました。
世界に向けて発信されているコンテンツと比較されても困ります。
出来れば止めて欲しい私の気持ちをよそに
議論は結論に向かって突き進んでいくようでした。

「ユーザーの多さじゃない、制作者側の姿勢の問題なんだ。
さっき漢的恐怖劇場もアニメも一緒だと言ってたけど、全く違う点がある。
妥協せず、違うものを見せようと努力する姿勢が
漢的恐怖劇場には確かに有るんだ。」

「どこがだよ!いつも、うぎゃあああって言って終わりじゃないか!」


その言葉に私は思わずチョコレートケーキを掻き毟ってしまいました。
しかし「漢的恐怖劇場」の支持者(?)は

全く動じず勝ち誇った顔で言い放ちました!

「そこだけ見ればな。
けど知ってるだろ、漢的恐怖劇場はオカルト要素が…
いや恐怖すら全く無いことが多いじゃないか!
これは創意工夫や努力の証でしかない!」

「た、確かに!」

「解ってくれた?じゃ今日はお前の奢りな。」

「くそっ、しょーがねーな。今回は勝てると思ったんだけどなぁ。」

 

 

 

 

 

私もこの意外な結果に驚きを隠せませんでした。
だってそうでしょう、日本が世界に誇るアニメ文化を相手に
勝てるはずが無いと確信していたのですから。
同時にとても誇らしい気分でした。
ほんの小さな、ほんの一瞬の勝利ですが
巨大な敵を相手に成し遂げたわけですから。

喫茶店を出た私は浮かれた気分で偉大な勝利を反芻していました。
ところが次の瞬間、ある事実に恐怖し戦慄しました!




「オカルト要素や恐怖がゼロなことが有るって
バレてるじゃねえかー!」