その年、50歳をむかえる先輩が会社を辞めた。
私には百害あって一利無し的な先輩……。
独特の風貌から放たれる体臭は、
この世のものとは思えないほどのえげつなさでした。

人には色々な臭いがあります。
もちろん、私にもあります。
ま、自己評価ですが、私は85点です。
体調が悪くても、そうですね、70点を切る事はありません。
ですので、私の場合は「臭い」でなく「匂い」の部類に入ります。

この微妙なニュアンスが理解できますか?
あえて説明するならば「匂い」は
「不快になる等の害は無く、各人の個性として許容できる範囲のもの」
その先輩は、逆に「匂い」でなく「臭い」なのです。
つまり「不快感などの実害をもたらし、許容できないもの」
といったニュアンスを含む「臭い」なのです。

先輩の体調の悪い日は、まったくもって耐えられない。
あまりの臭気に実際に嘔吐する人もいました。
点数で評価するなんて無理です。
有害さを表す指標でもあれば話が違うのですが。

そんな先輩がなぜ会社を辞めたのかは不明です。
仕事に不満はないようなことを言っていたと記憶しているのですが……
憶測ですが、悪臭による懲戒免職だったのでしょう。

「ワシは独身貴族だ!」

などと、身の程を知らずにほざくプライドだけは人一倍持ってた先輩。
そんな独身貴族の先輩はお見合いの回数でダントツの会社一を誇る人でした。
臭いも人一倍、いや、それ以上……。
だから、新しい職場に行っても、上手くやっていけているかどうか???
その前に新しい職場に行けるかどうか……。
いや、もう生きて行けるかどうか……
正直、どうでもいいのですが、建前上、心配です。

数年後、私も会社を辞めて、
自己評価85点を95点にしたいと思い新しい会社に移りました。
市内の雑居ビルの最上階(10階)に事務所を構えた小さな会社。
やり甲斐もあり、私はこの会社に骨を埋めようと心の中で誓っていました。

そんなある日のこと。
私はひとり、遅い時間まで残業をしていました。
その日は猛暑日で、夜の23:00pmになっても気温はあまり下がりませんでした。
私は、電気代削減の為に自分のデスクのライトだけを点け、
エアコンに頼ることなく窓を開けていました。
窓側の席だったこともあり、気持ちのいい風が吹き込んできました。

「……うっぷ」

なんの前触れも無く、えげつない悪臭が漂って来ました。
例えるなら、その先輩の臭いでした。
いや、そのものでした。

「まさか、先輩が!?」

そう思って、私は窓から外を覗きました。
眼下には、このビルのメインゲートが伺えます。
時折走る車のライト、人影もよくはわかりませんが誰もいないような感じでした。
いや、仮にいたとしても、ここは10階です。
さすがの悪臭も、ここまでダイレクトには、私の鼻に届かないでしょう。
私は、久し振りに嗅いだその臭いが我慢できず、思いっきり窓を閉めました。

ビシッ!

と、その刹那……

「う、うわっ!」

と、懐かしい声がしたような気がしたのですが、
窓を開けて調べる勇気と度胸は、
ついでにいうなら興味も関心も私には微塵もありませんでした。
だって、臭いですから……。

気分が悪くなった私は、退社することにしました。
警備の人に挨拶して、ビルの裏手側の出入り口から帰宅しました。

翌日、ビルの前はパトカーや野次馬などで大騒ぎでした。
どうやら昨夜、このビルの屋上から飛び降りた男性がいたようなのです。
自殺者は身元不明。
事件性は無いとのことでしたが遅くまで残業をしていたとあって、
私は警察に呼ばれ聴取を受けました。

「いやぁ、キミを疑っているワケじゃないんでね、
気を楽にして、昨夜気になったことがあれば全て話して欲しいんだ。
臭いが酷くてね、見た目は死後数時間って感じなんだけど、
臭いは死後1ヶ月以上なんだよ。
だから、警察内でも意見が割れてね迷宮入りしそうで……
少しでも手掛かりが欲しいんだ。」


「先輩です。」


私の協力で、身元はわかりました。

 

 

 

 

 


「先輩なら、その臭いはアリなんです。」

私の協力で、迷宮入りは回避されました。

 
きっと、私が窓を開けた時、先輩はいたんでしょう。
眼下ではなく、上に……そう屋上に。
世界最高峰といわれる日本の警察の捜査を惑わせる先輩の臭い。
ある意味、「匂い」と書き換えてもいいのかもしれません……が、書き換えません。
私は、今の今まで先輩を見下していましたが、初めて誇らしく思いました。


関連エピソード①