葬式というのは、そう頻繁に行われるものでない。
しかし、この地では違った。

まず年の初め、一月七日に大野さん宅で敬二さんが交通事故で亡くなった。
つぎはその右隣の榎本さん宅で二月十一日、恵子さんが心臓発作で死亡した。

ここまでは住人たちも「よくあること」と気にもしなかったが、
二月十九日に竹下達蔵さん、
三月四日に加納亮二さんが共に肺炎で亡くなるにいたっては
「これはおかしい、何かのたたりではないか。」
そんな声があがるのも無理は無い。
ここ十年ほど、葬式など無かったのだから。

恐怖に駆られた住人たちがたたりの原因を調べる間にも、
葬式の回数は着々と増えていった。
数ヶ月を要した調査の結果、
ようやくたたりの原因らしきものを突き止めることが出来た。

 

 

 

昭和二十年ごろ、この地に住んでいた恋人同士が池で溺れて死んだという。
これがたたりの原因に違いないと見た住民たちは、
この二人の霊をねんごろに供養した。

しかし死の連鎖は終わらない。
七月に四人、八月と九月に二人、続けて亡くなった。
そして十一月、最後の一人である豊岡修平さんが老衰で亡くなった。



こうして村民全員が九十歳を超える
通称「長寿村」は全滅した。