私は怒られる事が今は好きです、もちろん怖いですがそれが楽しいと思えたからです。
少しおかしな表現かもしれませんが、これはとても大事な事なのです。
なぜなら怒っているのは己ではなく、相手だという事です。
つまり相手の状態を把握できるのです。
ただその怒られた事に怒りを覚えてしまっては意味がありません、怒られた側は常に冷静に落ち着いて状況把握する事が大切です。
先に私が怒られる理由を書かせて頂きます。
私が仕事でよく怒られていたのは、自己判断で勝手に動いているからです。
ただ、ワガママな自己判断ではなく、常に効率を考えて先読みして動いているのです。
先読み故にまだ不確定な事を先に終わらせてしまうので、なぜ先にやってしまうのかと、それを繰り返して散々怒られてきました、当初は怒りを覚えた事もたくさんあります。
でもそのおかげで何が良くて何が悪いのか、その場合に何が大切で大切でないか、たくさんの事を学んでいて、今でも学んでいるのです。
私は無意識に自分から学びにいっていたのです。それに気づいた事により、私は怒られる事に怒りを覚えるのではなく、楽しみを覚えるようになったのです。
なぜその時自分が怒られているかも考えますし、なぜ相手が感情的になっているのかもその時見る事ができます。
私的に学びとしては一石二鳥なのです、いやその後どう動けばいいのかも考えられるので一石三鳥でしょうか、つまり簡単に一気に学べるのです。
だから今の私は悪い言い方をすると、誰かを怒らせようとして勝手に動いている、そのつもりはなくともそれと同じという事です。
相手からしたら厄介者と思っても仕方ありません、私もそう思うからです。
しかし今は私が相手側に立ったとしても、怒る事はありません、そこでなぜその行動をとるのかを考えるのです。
もしそこで少しでも役に立つ何かを考えてるならばそれは大人、何も考えず無意識な行動であるならばそれは子供、そのように私は解釈するようにしたからです、これに歳は関係しません。
その大人な行動をとる人には話をすれば大体は解決しますし、その子供のままの人は話をしてもほぼ理解はしないので何も教えません。
子供に何かを教えるのは私たちではなく、その親の仕事だからです、他者の大人には全く関係ありませんので、私も大人として生きていますから。
このように怒られる理由は人それぞれのものがありますが、簡単な解釈で言えば、怒られる事を恐れない人は怒られる事を知っているので、すみませんでしたもありがとうございますも言う事ができます。怒られる事を恐れる人は怒られた時に恐れて言葉を失ったり、声が出づらくなり謝罪や感謝を伝える事ができないでしょう。
あなたならどちらがいいですか?
もしあなたが大人なら、答えは目の前に見えてるでしょう、楽しみはすぐそこにありますよ。