
最近、飲むことで自分の気持ちを保ってるような...むしろ飲み過ぎて身体の調子を保ててないような矛盾を抱えてる...。
お陰で体型も体調も著しく変わって、会う人会う人に『あれ、太った??』と言われる始末。言われる度に色々な思いが過り『マジか...』と感傷に浸りつつ、仕事のストレスで食い、私生活で受ける厭世感に追われ飲み...分かってはいてもそういった負のループからなかなか抜けられない自分が居るから腑に落ちない。
気分転換にと、喫茶や服屋巡りなどに足を運び好きなことをしていても、どこか冷めた自分の心が枷になって気持ちを開放的に出来ません。
極度に病んでるとか落ち込んでる訳では無いのですが、これはマズイと思い過去に何度か、自分自身というか...『生き方』を根っこから変える試みをしました。ですが個人に染み着いた既成価値。癖など、1つや2つ物事を転じたところで何も変わらないのです。
そこで最近痛感したのが、人は常に自分と自分の中にあるものと葛藤する生き物だということ。当たり前のように聞こえますが表層的な部分でこれを理解できても、深い部分でこの意味を解釈できる人間はかなり少ないと思います。物事は因数分解していくと1つの答えに直結します。答えは、人によって様々だと思うのですが、大体は似たようなものになるでしょう。
ここで言いたいのは、『悩みや迷い』は答えが既に決まっている上で起きるということ。人間は、未知に挑もうとするアクセルと、過去の経験から来るストッパーを少なからず兼ね備えています。そのことから、希望➡(期待↔不安)➡絶望といった常時変化するベクトルをさ迷って1つの問題に対して冷静な判断がつかなくなり悩みという道に『迷う』結果に至るのです。
実は今、それを踏まえた上でかなり悩んでることがあります。それも人として人生を左右しかねることです。
自分に客観的に言い聞かせる意味でもこれを書いたのですが、ただ、書いてみて改めて答えは既に決まっているということを思いました。重要なのは、やはり『先行した気持ち』が何であったか。さながら、ワガママな貴婦人並みに感情が錯綜してるものの、どれだけ考えても動かない軸が当然のように自分にあったのです。
善であれ悪であれ、自分の素を受け入れて行動するのが大事です。例えばですが最初に述べたように、負のループから抜けたいものの【酒の飲み過ぎで心は保てる=飲み過ぎて体調は悪化していく】なら、おれは飲み過ぎで死ぬ方を選びます。これは極論ですが、健康云々を謳ったところで変えられないものがあるからです。
それと同じように、生き方、決意、答えなど、各々が持つ性質を本質的に変えられないのなら諦めて受け入れ、如何に『その次元』でやっていくかが鍵になります。
ギャンブルが辞められない...浮気が辞められない...人付き合いが面倒臭い...アイツが憎い...あの人が諦めきれない......本当はこうしたい、本当はああしたいと人によって様々ですが大小なりともよっぽどでもない限り一線を画す内容にはならないです。それも生き方という1つの答えになります。
悩みは、自分という枠の中でしか生まれません。物事に左右されるとはいえ、自らがそれを選んで悩みの種にするのです。
『宝くじが当たったから!』とか『超能力使えます!』とか非現実的なイレギュラーがない限りは常時、現実の自分と会話していくしかないのです。
人間は、生まれながらに『人間』を選択していくもので『仕方ないこと』に流されるもののそこで自然に生き方を学んでいきます。なので、覆せない1つの価値観に振り回され焦って悩んで自分探しをしたところで結局は見つからず、それ自体が必然に委ねることに気付くしかないのです。だから悩んでること自体が馬鹿らしい。まぁ、ジタバタするのも一理ですが。
ただ、悩んで、悩んで悩んで、悩みまくった結果、『悩むこと自体を辞める』という結論に繋がり、楽になりましたよ、おれは。
人生を左右する悩みに直面して、その悩みを100周ぐらい過ぎた頃からどうでもよくなりましたからね。
とはいえ、答えを知っていてもどうすることもできない状況や環境なら、いつか違った路線に移行しても『自分はそこでもやっていく!!!』という覚悟を身構えておくことをオススメします。出来ないことは出来ないで、等身大の自分で生きていくことが大事ですから。