サミットも始まるけど・・・もちろん来る方々は、勿論、
各国の代表ですよね。様々な国から来ていますけど・・・
国により、「国旗」が掲げられますよね。
日本の場合は、「日の丸」ですけど・・確か明治3年から、
正式な国旗としての法的な根拠は当時は無いんですよね。
「白地に朱色のマル印」というのが、日本の日の丸だというよりも、
このデザインは平安時代の記録にもあるんですよ。自軍の旗印に
していた戦国武将のいたそうです。
その後、江戸時代に、幕府の船の、年貢米を運ぶ船の目印だというんです。
天領で取れた、年貢米は御城米といわれ、これを運ぶ、廻船には、その他にも、銀や、どうも積まれ、「朱の丸御用船」といわれていた。
全ての御城米を運ぶ船には日の丸の鮒印を掲げることを命じられていた。
幕末になると、日本近海にも西洋の船が多数出没してきて、日本船と区別
する必要になり、それまでの日本船は、つくりも違い誰が見ても、区別はできたんですけど、日本でも次第に西洋式の大型船が建造されるようになり、
それらが日本船籍であることを、明示しなくてはならなくなり、幕府は、幕府の船には日の丸をつけ、諸国の船には従来の標をつけて、いたんですけど。結局は二ℎんの船には、日の丸を掲げることで、落ち着いたそうです。
薩摩藩か水戸の藩主だという説もあります。
薩摩と英国の戦った、「薩英戦争」を知ってますか?
この時は、薩摩藩の艦隊は、日の丸をつけていて、これを見たイギリス人は、日の丸が日本の国旗だと思い込んだそうです。
また、幕府によってアメリカに派遣された咸臨丸も、日の丸を掲げて、
サンフランシスコに入港したと記述されていた。
こにょうに日の丸が、諸外国からも日本の艦船に、日本の国旗として、
認知されていたというんです。そこで、明治政府は商船に日の丸の掲揚を義務付け、次に海軍で用いる国旗も、日の丸にすることを定めたが、
実際は、日の丸自体が、国民の間で、広く浸透すには、大日本帝国法の
発布の時期ともいわれ、日清・日露戦争の頃だというんですよ。
それ以来の・・日の丸のデザインだというから・・・?
意外に、日本の日の丸のデザインから付けた国も、あるからね。
色違いでも意味は同じ・・・お日様と印ですかね?
