「ハレ」、「ケ」の使い分けをりかいしてます?
福神漬けの入っていない自家製カレーですけど・・美味しく食べました。
昔から、日本人は、普段通りの日常生活を送る日を「ケ(褻)」の日
と呼びました、これに対して、神社の祭礼やお寺の法会、正月や節句
お盆などの年中行事、冠婚葬祭を行う日を「ハレ(晴れ)」の日として、
単調になりがちな生活に変化とケジメをつけていました。
「ハレ」のときは、日常から抜け出して、特別な一日を過ごします、
ハレの日用の着物を着たり、神聖な食べ物である赤飯や餅を食べたり
お酒を飲んで祝ったりして、特別な日であることを示しました。
一方、「ケ」は普段どうりの生活を送る日ですg、「ケ」の生活が順調に
行かなくなることを、「気枯れ」、つまり「ケガレ」になるし、特に死や病
出産などはケガレと考えられてきました、
日本では神話期からケガレを忌み嫌い、神に近づくのにふさわしい体に
なるために禊ぎをし、身のケガレを取り除いて清め、お祓いをしたりした。
そして、このケガレを取り除いた状態が「ハレ」だったんです。
ハレの言葉の中には、「晴れ着」「晴れ姿」「晴れ舞台」などが残っては
いるんですけどね。

「七福神」って、神様のサミットみたいなものですよね。
福徳をもたれすとして信仰されてきた恵比須、大黒天、毘沙門天、弁財天
福禄寿、寿老人、布袋の七神のことですよね
日本で古くから伝わる恵比須神に、中国からやってきた福禄寿、寿老人、
布袋、またはインド発祥の大黒天、毘沙門天、弁財天の各国の神様が
加わって、室町時代ごろから七福神として、庶民の間でさかんに信仰されて
きています。
このように、各国の個別に信仰されてきた神々が、七人の神にまとめるようになったのは、中国の「竹林の七賢」の故事にあやかっているというんです。中国・晋の時代に、山陽の竹林に個性豊かな人たちが七人集まって
酒を飲み交わしながら、自由,放達な談論にふけったという有名な故事の
ことからだそうです。こうしてバラバラに信仰されてきた福神も、入れ替えも
あったみたいです。
室町時代以降,都市や商業が発達するとともに、七福神の信仰が広まり
正月の初夢をみるために、枕の下に七福神の絵を入れてなる風習もありましたね、恵比寿様はとりわけ大衆の中では人気者でしたよね。
もともと恵比須h、夷(異国人)に由来しているといいます。日本では異国からの漂流物の中から水死体が流れつくと,漁師たちは寄り神とか恵比須様と呼び,大漁をもたらす神として祀ったりしたそうです。
また、商人たちは遠くの国と海洋交易をするようになり、航海の無事を祈る
とともに、商売繁盛の神様として信仰されるようになり、農村でも稲の豊作
をもたらす田の神として信仰されたりしてきたんですよ。
大黒天もインドから伝わった神様ですけど、日本の神話に出てくる大國主
命と同一視されて,恵比須神と並び信仰を集めたというんです。
頭巾をかぶり、福袋を背負い、手に小槌を持って、米俵の上に座った姿が
農村では穀物の神様、田の神様として、商家では商売繁盛の神様として
信仰されてかまどや台所の近辺に祀られているんです。
弁才天もインドから伝わった女神ですよね、
琵琶を奏でる伎楽のほか、多方面の技能を持つことから、この名がついたといいますけど、江戸時代には、町民から蓄財の神として信仰されたといいますよ。弁財天とも呼ばれたことにいえますよ。
毘沙門天は、古代インドの神話と仏教が融合して生まれた武神なんです。
上杉謙信の「昆」の旗にもありますよね。
福禄寿とは、中国生まれの、福(幸福)、禄(富)、寿(長寿)の3つの福徳を
さずける神様ということですよ。
布袋尊とは、中国に実在したといわれる高僧で、弥勒菩薩の化身といわれた姿ですよ。日本でも招福の神様として信仰されたんです。
寿老人は、中国で生まれた長寿の神様で、一時期は七福神から外されてこともあったそうです。
入れ替えのあった神様に、吉祥天と猩々もあったそうです。
「招き猫」や「達磨」もありますよね。
日本人は、こうゆうのが好きなんですよね。
我が家にも、ずいぶん祀ってはありますけど・・・・・・ね。