
確かに文明開化に続いて色々なものが西洋から導入されては来たけど・・・
それをいかに改良して弁輪にしたかは・・・当時の人びとの努力のたまものですよね。
確かに最近は私も手紙とえば年賀状か暑中見舞い程度しかつかぁつてないけど・・・。
その昔は遠くの人とのコミニケーション手段としては、なんといっても郵便ではないですよね。
現代の郵便スタイルが確立されたのは1871年(明治4年)の事なんですよ。前島密の提案に
よって、欧米に見習った郵便制度を採用したんです。これを機に現代のポストにあたる郵便箱が
設置されたんです。あの赤いポストではないですよ。木製の箱に白い文字で「郵便」と書かれたものです。
当時はこの郵便という文字を理解できる人は少なくて・・・誰が言い出したのか「たれべん」なる読み方が
つたわるんですよ。それを聞いて「便をたれる箱」と勘違いして寒い夜道で我慢でき鳴きくなった小便を
箱の中にする人もいたそうです。郵便制度が始まったばかりには手紙の出し方や切手の貼り方など庶民には
理解できなかったんですよね。利用者の数も少なくて東京で134通、大阪で19通、京都で21通すべてあわせても
200通にも届かないんですよ。(初日は東京、大阪、京都の身です)遠くの町まで均一料金で運んでくれると
いう画期的なシステムも理解されなければしょうがなく、郵便制度が普及するためにはもう少し時間がかかったんです。
それにいち早く受け入れた人物がいたのは知ってますか。それが「通信販売」を開始した津田仙なんです。
明治政府が郵便事業を開始した明治4年に彼が学校を設立したのが「学農社」という農学校です。若者たちの農業育成に
励んだんですけど、さすがに金策問題です。せめてもの資金調達に考えたのが漢旧成果を少冊子にまとめて
「農業雑誌」を定期的に販売することだったんですよ。販売ルートなどない彼にとってはダイレクトメールで雑誌告知をし
注文があれば、それを郵便で惨酷各地に送ったそうです。とくに定評だったものが「トウモロコシ」で、日本の土壌にあう
トウモロコシは育てやすく「希望者にはトウモロコシの種を郵送にておくる」と案内したための事です。
これが郵便販売についての「通信販売」のルーツですよ。その後に販売媒体が雑誌や新聞、ラジオ、テレビにかわり
今ではインターネットですよね。まして今では個人販売までできるんですからね。