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「御奉行の 名さへおぼえず 年暮れぬ」とは俳人・小西来山の句ですけど

これって元禄時代を皮肉ってますよね??

東京に権力が集中していたころに大阪では権力者に会うこともほとんどない時代の

町人主導のヨコ型社会であったことの権力を屁とも思わぬ人間が増えていたんですよね?

権力に反抗的な人が多いのもわかりますよ。

日本の都は794ウグイス平安京の時代に京都に固定されていたんですけど

1868年7月17日に江戸が東京に改められて1869年の遷都によって日本の首都が東京になったのは

多分、皆さんも知っていると思います。そこで何故東京なのか・・?

これにもちゃんとした理由があったんですよ

1 近代国家建設には遷都して人心を一新させるため

2 関東・蝦夷地開拓のために都を江戸にする

3 江戸を新都にする必要性があった・・・江戸奠都です

江戸を新都つぃて京都を西京にすることも考えられたが新政府の両立もむつかしく

明治4年に天皇が関東入りしたんです。10月に江戸城を東京城として12月には京都に

戻ったものの翌年3月には東京城に入り皇城と改めたんです。

ですから・・・江戸城はないんですよね???

京都には留守官が設置されたがそれも明治4年には廃止されて東京遷都の公表はなくて

日本の首都に東京がなったんです。意外に近代史を教えない教育も・・・・?


「食い倒れ)の言葉には17世紀の頃からで19世紀には東京も「食いだおれ」があるそうです??

京都の「着だおれ」大阪の(食いだおれ)が普通だと思っていたんですけど

初物にお金を使い食べる食文化は東京人らしいですよね?

大阪人は意外にそんな真似はしないそうです・・・美味しいものは食べますけどね??

江戸っ子の食道楽ぶりの面白い話がありますよ

ミカンで財産を突き上げた紀伊国屋文左衛門が遊郭吉原で遊んでいたときに彼の前に

大きな箱が運ばれたそうです。中には大きな饅頭が入っていて・・・それを割ってみると

中には小さな饅頭が数え切れないほど入っていたんですこの饅頭は70両であったが

これを運び込むために家の入り口を壊してそれを数十人の大工に修繕させて、蒸すための道具も

すべて特注で買いそろえたんです。饅頭の金額がその代金の数十倍になったそうです。

こんな落語があるそうですよ。。江戸時代の食道楽のエピソードですね???


今日は「焼そば130%ソース]にご飯入れてみました。ソース味がちょっときついですからね?