自分でカリキュラムをつくる就労Bという発想


― 支援される側から、人生の設計者へ ―


「もし、自分でカリキュラムを作れる就労Bがあったらどうだろう」


最初に浮かんだのは、とてもシンプルな問いでした。

何をやるかを、誰かに決められるのではなく、自分で決められる場所。

合理的配慮も「与えられるもの」ではなく、自分で触って、試して、調整できる場所。


そんな就労Bがあったら、きっと働く意味そのものが変わる。

私はそう感じています。



支援される場所ではなく、「自分で設計する場所」


これまでの就労Bは、多くの場合、

用意された作業

決められたスケジュール

あらかじめ用意された評価軸


の中で、「できるか・できないか」を測られる場所でした。


でも、私が作りたいのは真逆です。

何をやりたいのか

どんな環境ならやりやすいのか

どこが苦手で、どこなら力を発揮できるのか


それを本人がタッチしながら設計していく。

カリキュラムは完成品ではなく、更新し続けるもの。


ここでは人が型に合わせられるのではなく、

型が人に合わせて変わっていきます。



合理的配慮を「自分で作る」という意味


合理的配慮というと、

「支援職が考えて、本人に提供するもの」

そんなイメージがまだ強いかもしれません。


でも本当は、合理的配慮は

自分を知るためのツールだと思っています。

この配置なら集中できる

この順番だと混乱しない

このペースなら続けられる


それを自分の言葉で説明できるようになること。

これは働く力であると同時に、生きる力そのものです。



安心・安全な場所と、伴走する支援職


この就労Bでの支援職は、「指示を出す人」ではありません。

正解を教える人でもありません。


役割はただ一つ。

一緒に歩くこと。

本人の言葉を待つ

迷いを否定しない

失敗を責めず、次に活かす


主役は常に本人で、支援職は横に並ぶ存在。

だからこそ、安心して挑戦できる環境が生まれます。



「自分の意思で歩む」ことが回復になる


障害があることで、私たちは知らないうちに

「自分で決める感覚」を失ってきました。


決めてもらうことに慣れ、

選ばないことが安全だと思ってしまう。


だからこそ、この就労Bでは

小さな選択を何度も重ねていきます。

今日、何をやるか

どの順番でやるか

どこまでやるか


その一つひとつが、

自分を取り戻すリハビリになります。



「障害者も経営者」という考え方


ここでいう経営者とは、肩書きの話ではありません。

自分が関わる仕事が、どう価値を生んでいるのか

どうやってお金が循環しているのか

自分の存在が、全体のどこにあるのか


それを知ること。

「役に立たせてもらう人」ではなく、

役割を持つ一人の担い手になること。


それが、自己肯定感を根本から支えます。



会社は家族という思想が、土台にある


この構想のベースには、

伊藤忠兵衛さんの

「会社は家族」という考え方があります。


家族とは、同じであることではありません。

役割が違うだけの共同体です。

支援職

利用者

経営に関わる人


立場は違っても、上下ではなく横の関係。

状況に応じて、役割は行き来できる。


だからこそ、この仕組みは

特別な人のためのものではなく、誰にでも開かれたものになります。



誰でもできる仕組みである理由


この就労Bは、

能力の高さを前提にしない

成長スピードを揃えない

完成形を求めない


ただ、「人であること」だけを前提にしています。


障害の種類も、重さも、過去の失敗も、

排除の理由にはならない。


ここでは、

生きていることそのものがスタートラインです。



おわりに


私が作りたいのは、

「働かせる場所」ではありません。


自分で考え、選び、調整しながら、

自分の人生をもう一度歩き直せる場所。


就労B × 教育 × 経営 × リハビリ × 家族

それらが溶け合った、人が自分を取り戻す場です。


これは理想論ではなく、

構造として、仕組みとして、実現できる未来。


そんな就労Bを、私は本気で作りたいと思っています。