自分でカリキュラムをつくる就労Bという発想


― 支援される側から、人生の設計者へ ―


「もし、自分でカリキュラムを作れる就労Bがあったらどうだろう」


最初に浮かんだのは、とてもシンプルな問いでした。

何をやるかを、誰かに決められるのではなく、自分で決められる場所。

合理的配慮も「与えられるもの」ではなく、自分で触って、試して、調整できる場所。


そんな就労Bがあったら、きっと働く意味そのものが変わる。

私はそう感じています。


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支援される場所ではなく、「自分で設計する場所」


これまでの就労Bは、多くの場合、

• 用意された作業

• 決められたスケジュール

• あらかじめ用意された評価軸


の中で、「できるか・できないか」を測られる場所でした。


でも、私が作りたいのは真逆です。

• 何をやりたいのか

• どんな環境ならやりやすいのか

• どこが苦手で、どこなら力を発揮できるのか


それを本人がタッチしながら設計していく。

カリキュラムは完成品ではなく、更新し続けるもの。


ここでは人が型に合わせられるのではなく、

型が人に合わせて変わっていきます。


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合理的配慮を「自分で作る」という意味


合理的配慮というと、

「支援職が考えて、本人に提供するもの」

そんなイメージがまだ強いかもしれません。


でも本当は、合理的配慮は

自分を知るためのツールだと思っています。

• この配置なら集中できる

• この順番だと混乱しない

• このペースなら続けられる


それを自分の言葉で説明できるようになること。

これは働く力であると同時に、生きる力そのものです。


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安心・安全な場所と、伴走する支援職


この就労Bでの支援職は、「指示を出す人」ではありません。

正解を教える人でもありません。


役割はただ一つ。

一緒に歩くこと。

• 本人の言葉を待つ

• 迷いを否定しない

• 失敗を責めず、次に活かす


主役は常に本人で、支援職は横に並ぶ存在。

だからこそ、安心して挑戦できる環境が生まれます。


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「自分の意思で歩む」ことが回復になる


障害があることで、私たちは知らないうちに

「自分で決める感覚」を失ってきました。


決めてもらうことに慣れ、

選ばないことが安全だと思ってしまう。


だからこそ、この就労Bでは

小さな選択を何度も重ねていきます。

• 今日、何をやるか

• どの順番でやるか

• どこまでやるか


その一つひとつが、

自分を取り戻すリハビリになります。


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「障害者も経営者」という考え方


ここでいう経営者とは、肩書きの話ではありません。

• 自分が関わる仕事が、どう価値を生んでいるのか

• どうやってお金が循環しているのか

• 自分の存在が、全体のどこにあるのか


それを知ること。

「役に立たせてもらう人」ではなく、

役割を持つ一人の担い手になること。


それが、自己肯定感を根本から支えます。


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会社は家族という思想が、土台にある


この構想のベースには、

伊藤忠兵衛さんの

「会社は家族」という考え方があります。


家族とは、同じであることではありません。

役割が違うだけの共同体です。

• 支援職

• 利用者

• 経営に関わる人


立場は違っても、上下ではなく横の関係。

状況に応じて、役割は行き来できる。


だからこそ、この仕組みは

特別な人のためのものではなく、誰にでも開かれたものになります。


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誰でもできる仕組みである理由


この就労Bは、

• 能力の高さを前提にしない

• 成長スピードを揃えない

• 完成形を求めない


ただ、「人であること」だけを前提にしています。


障害の種類も、重さも、過去の失敗も、

排除の理由にはならない。


ここでは、

生きていることそのものがスタートラインです。


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おわりに


私が作りたいのは、

「働かせる場所」ではありません。


自分で考え、選び、調整しながら、

自分の人生をもう一度歩き直せる場所。


就労B × 教育 × 経営 × リハビリ × 家族

それらが溶け合った、人が自分を取り戻す場です。


これは理想論ではなく、

構造として、仕組みとして、実現できる未来。


そんな就労Bを、私は本気で作りたいと思っています。