恵美子社長へ
心に光が差しました――「少しずつ丁寧に」という言葉から、41年以上生きてきた自分を初めて抱きしめることができました
恵美子社長、いつも本当にありがとうございます。
9月30日のYouTubeライブを拝見しました。その中でお話しされていた「少しずつ丁寧にやっていく」という言葉が、ものすごく心に響きました。
その後、ちゃえちゃんからも、同じお話についてメッセージをいただきました。
恵美子社長のお話を聞き、さらにちゃえちゃんの言葉を通して受け取ったことで、僕の中で何かがつながりました。そして突然、41年以上抱えてきた自分自身への評価が、ガラッと変わったんです。
僕は17歳の事故で高次脳機能障害になってから、ずっと事故前の自分と比べていました。
「どうして昔みたいに、もっと丁寧にできないんだろう」
「もっと一つ一つ、心を込めてやりたいのに」
「僕はずいぶん雑な人間になってしまったな」
そんな思いが、心のどこかにありました。
僕の記憶障害は、視線を変えただけで、それまで考えていたことが消えてしまうほど重い時期がありました。
二つの情報が目の前にあっても、一つを見るためには、もう一つを捨てる。全部を確認してから考えようとすると、脳が疲れて動けなくなってしまう。
だから僕は、一つを見る。そこで判断する。すぐ動く。そうやって生きるしかありませんでした。
そのため、小学生でも間違えないようなことを間違えたり、後から見直して「あっ、ここにも大切なことが書いてあった」と気づいたりすることが、何度もありました。
人から呆れられたことも、信用を失ったことも、人間関係が壊れたこともありました。
そのたびに僕自身も、「自分はいい加減なのかな」「もっと丁寧な人間だったはずなのに」と、自分を責めていたんです。
でも今回、恵美子社長の「少しずつ丁寧に」という言葉から、突然気づきました。
違った。僕は雑に生きてきたんじゃなかった。
たくさんの情報を見ることができないからこそ、その瞬間、自分が見ることのできる一つを、ものすごく丁寧に、一生懸命見ていたんだ。それを41年以上、毎日毎日続けてきたんだ。
そう気づいた瞬間、涙がこみ上げてきました。
健常者だった頃より、もしかすると僕は、ずっと丁寧に生きていたのかもしれません。
普通なら無意識にできることまで、一つ一つ全力でやらなければ生きていけなかった。起きている間はずっと、傷ついた脳で、その瞬間できることに必死に力を注いでいたんです。
間違えても、またやった。失敗しても、また立ち上がった。そして41年以上、仕事をし、家族と暮らし、人を愛しながら、ここまで歩いてきました。
「僕、本当によく頑張ったな。本当によく生き抜いたな」
初めて、心の底からそう思えました。
今までにも、自分を肯定しよう、自分を褒めようと思ったことは何度もあります。でも今回は、頭で褒めようとしたのではありません。
何よりも、自分が愛おしくなったんです。
41年以上頑張ってきた自分を、抱きしめてあげたい。心から敬意を示したい。自分の人生を、誇りに思いました。
そして気づきました。祈りのワークで、僕はずっとこう唱えていたのです。
「自分が心から尊敬できる存在で大好きになりました」
その言葉が今、僕自身の実感になりました。
「この自分を尊敬する。大好きだ」
心の底からそう感じられた。僕にとって、祈りのこの部分が叶ったと感じる、とても大きな出来事でした。
この変化は、心の土地に光が差したような感覚です。
41年以上の間、僕の心には「自己否定の木」が育っていたのだと思います。
失敗するたびに、自分を責める。その積み重ねで木は大きくなり、心に暗い影を落としていました。その陰で、自分の価値も、積み重ねてきた努力も、見えにくくなっていたんです。
僕はその苦しさをなんとかしたくて、ひとりさんの教えや、恵美子社長の教えを学び、実践してきました。
上機嫌でいよう。心を上げよう。明るく生きよう。
心に影があっても、少しでも明るい方を向こうとしてきました。その教えに支えられながら、ここまで歩いてきたのだと思います。
そして今回、大きな日陰を作っていた自己否定の木が倒れました。
眩しい光が、僕の心に差してきました。
日陰だった土地が、南向きの日当たりのよい土地に変わったように感じました。光が当たって、初めて分かったのです。
僕の心は、もともと豊かな土地だった。
41年以上の経験、工夫、粘り強さ、人を大切にしたい気持ち。その栄養は、すでにそこにありました。自己否定の陰に隠れて、僕自身が見つけられなかっただけでした。
そして今は、倒れた自己否定の木さえも、これから僕の心の栄養になっていくような気がしています。
倒れた木が少しずつ土に還り、その土地を豊かにするように、自分を責めてきた経験も、苦しんできた年月も、人の痛みを理解する深さや、自分と人を大切にする優しさへと変わっていく。
長く僕の心に影を落としていたものまで、これから育つ夢を支える、大きな栄養になっていく。今は、そんなふうに感じています。
障害の経験についても、同じことを感じました。
僕は今まで、この経験をいつか「ダイヤモンドに変えたい」と思っていたのかもしれません。
でも、もう最初からダイヤモンドだったんですね。
障害の中で懸命に生きてきた日々そのものが、すでに大切な輝きを持っていた。表面を覆っていたものが一枚剥がれたら、その下でずっとピカピカ光っていた。そんな感覚です。
僕はいい加減な人間ではなかった。与えられた脳で、その瞬間できることを、ものすごく丁寧に生きてきた人間だった。
ようやく、それが分かりました。
少し前には、長く抱えていた不安や恐れが薄れました。そして今回は、自分への敬意と愛情が湧いてきました。自分の大切さを感じる心、自己重要感が回復したのだと思います。
自分が自分を一番貶していたところから、自分を理解し、大切にする側へ変わった。オセロが全部ひっくり返ったような、心が震えるほどの気づきでした。
過去に起きた出来事は、何一つ変わっていません。
でも、過去の自分を見る目が変わったら、人生そのものが違って見え始めました。
だから今、これまで植えてきた夢の種も、育っていくような気がしています。
自分を愛し、人を支え、AIを使って可能性を広げる。その夢を、光の当たる豊かな土地で、少しずつ丁寧に育てていきたいです。
恵美子社長。ひとりさん。
これまで教えを通して僕を支えてくださって、本当にありがとうございます。
そして今回、恵美子社長が届けてくださった「少しずつ丁寧に」という言葉が、僕の41年以上の人生の意味を、こんなにも大きく変えてくれました。
その言葉をもう一度僕のところへ届けてくれたちゃえちゃんにも、心から感謝しています。
小川伸一
