感謝があふれる土曜日。600円の天丼が運んでくれた幸せ


土曜日のお昼。


今日は妻と、家から車で5分もかからないところにある天丼屋さん「ふくすけ」へ行ってきました。


大きく書かれた「天丼」の文字。


この飾らない感じが、なんともいいんですよね。


年配のご夫婦が営んでいる、小さな天丼屋さんです。


でも、すごい人気店。


今日は11時の開店5分前に着いたら、僕たちは2番目でした。


7月末の暑い日だったからでしょうか。


いつもより少し空いている感じでした。


それでも、


「早く来てよかった😊」


そんな気持ちでお店に入りました。


500円から600円へ。「やっと値上げしたんだ」


ここの天丼、なんと600円。


少し前まで500円だったんです。


今の時代に500円で天丼。


むしろ僕は、


「やっと値上げしたんだ」


と思いました(笑)。


これだけの天ぷらが乗っていて、ご飯があって、お味噌汁もついている。


揚げたてを作ってくれて600円。


十分すぎるくらいです。


さらに、えびと卵天を追加した特上天丼は1,000円。


でも僕は普通の600円の天丼でも大満足です。


目の前に運ばれてきた丼を見るだけで、


「うわぁ、幸せだなぁ」


と思う。


幸せって、案外こういうところにあるんですよね。


「ありがとうございます」が自然に出てくる


そして僕が、このお店で好きなのは料理だけではありません。


ご夫婦が、とても丁寧なんです。


腰が低くて、穏やかで、一生懸命。


だからでしょうか。


僕も自然と丁寧になります。


お水を持ってきていただいたとき。


料理が運ばれてきたとき。


そしてお会計のとき。


「ありがとうございます」


僕も一回一回、気持ちを込めて言いました。


別に意識して「感謝しよう」と頑張っているわけではないんです。


言いたくなるんです。


ありがたいから、ありがとうと言う。


美味しいものを作ってくれたことが嬉しいから、感謝が湧いてくる。


すると、お店の方の丁寧さを受け取った僕も丁寧になって、その「ありがとう」がまた相手に返っていく。


なんだか、小さな愛の循環みたいです。


幸せは「ある」に気づくことなのかもしれない


以前なら、


「天丼を食べに行った」


それだけの出来事だったかもしれません。


でも今は違います。


近所にこんな美味しいお店がある。


600円で美味しい天丼を食べられること。


一生懸命作ってくれる人がいる。


妻と一緒に食べられる。


車で5分もかからず行ける。


休日がある。


青い空がある。


そして、


「美味しいね」


と思える自分がいる。


何か特別なものを手に入れなくても、もう目の前にはこんなにたくさんのものが**「ある」**んですよね。


幸せが増えたというより、


ずっとそこにあった幸せに、僕の心が気づくようになった。


そんな感じなのかもしれません。


娘の天丼もテイクアウト


そして、もうひとつ嬉しかったこと。


休日なので、娘はまだゆっくり寝ています(笑)。


だから娘の分はテイクアウト。


家に帰って、娘がその天丼を美味しそうに食べている。


その姿を見る。


それだけで、また幸せなんです。


自分が美味しいものを食べる幸せ。


妻と一緒に食べる幸せ。


そして、


大切な人が美味しそうに食べている姿を見る幸せ。


幸せって、自分だけで完結しないんですね。


誰かの「美味しい」が、自分の「嬉しい」になる。


愛って、こうやって日常の中をぐるぐる巡っているのかもしれません。


何でもない土曜日が「最幸」になる


高級なお店へ行ったわけでもありません。


遠くへ旅行したわけでもありません。


家から車で5分。


600円の天丼。


妻と食べて、娘にはお土産。


ただ、それだけ。


でも僕にとっては、


最幸に幸せな土曜日のお昼でした。


幸せは、大きな出来事の中だけにあるんじゃない。


目の前の人に「ありがとう」と言えること。


美味しいものを「美味しい」と味わえること。


家族が美味しそうに食べる姿を見られること。


そんな小さな瞬間をちゃんと受け取れると、


世界は驚くほど豊かになる。


今日もたくさんの「ある」に囲まれていました。


美味しい天丼を作ってくださったご夫婦にも、


一緒に食べてくれた妻にも、


美味しそうに食べてくれた娘にも、


そして、こんな穏やかな土曜日を過ごせていることにも。


ありがとうございます。


ああ、幸せだなぁ。


そんな言葉が自然に出てくる。


感謝があふれる休日のお昼でした。