6時の電車で気づいたこと。人に優しく見えた朝は、自分にも優しくなれていた


今日は朝早く、6時の電車に乗った。

まだ街も静かで、少し眠たそうな空気が流れている時間だった。


車内で、小さな子どもがお父さんと一緒に乗っていた。

その姿を見た瞬間、ふと心の中に言葉が浮かんだ。


「朝早くから頑張っているね。偉いね。」


普段なら、そんなふうに思わない。

見えていても、気づかず通り過ぎていたかもしれない。


でも今日は違った。


そのとき思った。

ああ、心に余裕が生まれているんだ。

脳にも、少しスペースができているんだな、と。


少し前までの僕は、高次脳機能障害の影響で、いつも戦闘状態だった。

記憶を保つこと、失敗しないこと、人に合わせること。

それだけで精一杯だった。


周りを見る余裕なんてなかった。

優しさを感じる前に、自分を守ることで精一杯だった。


でも、それも仕方ない。

あの頃の僕も、必死に生きていた。

誰よりも、毎日を顔晴っていた。


そして今日、あの子どもに向けた「偉いね」という言葉は、

本当は自分自身にも向けられていたのかもしれない。


朝早く起きて、電車に乗って、今日を生きようとしている自分。

不器用でも、ゆっくりでも、前に進んでいる自分。


「今日も頑張っているね。」

「偉いね。」


そう思えたからこそ、目の前の親子にも同じように感じられたのだと思う。


これが鏡の法則なのかもしれない。

目の前の人は、自分の心を映してくれる存在。


人に優しく見える日は、

自分にも優しくなれている日。


世界が変わったのではなく、

自分の心の景色が変わったのだ。


6時の電車の中で、

そんな小さくて大きな気づきをもらった朝だった。