戦闘モードの人生から降りた日


〜魂が長い緊張をほどいた瞬間〜


最近、ふと気づいたことがあります。


「あれ?

もう戦わなくていいのかもしれない。」


そんな感覚です。


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戦闘モードになったのは社会人になってから


僕が一番「戦闘モード」で生きていたのは

社会人になってからだと思います。


学生の頃も緊張はありました。


でも、学生は

ミスしてもなんとかなる世界です。


ところが社会に出ると違います。


仕事はミスすると

周りに迷惑がかかる。


大変なことになる。


だから僕の中では

常に緊張がありました。


高次脳機能障害がある僕にとって


・記憶

・段取り

・人間関係

・配慮


すべてが

気を抜けないことでした。


今振り返ると


体も心も

ずっと硬くなっていた


気がします。


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戦闘モードが終わった瞬間


「もう戦わなくていい」


そう感じた瞬間は、

特別な出来事があったわけではありません。


長い時間をかけて


少しずつ

不安が減ってきた。


緊張がほどけてきた。


そういう変化でした。


気がついたら


「あれ?

昔ほど不安じゃないな」


そんな状態になっていたんです。


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緩んだ自分


今の僕は、

以前より


力が抜けています。


リラックスしています。


言葉で言うなら


波動が良い感じ。


無理して頑張る感じではなく


自然体。


そんな自分になってきたと思います。


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周りの人の心が見えるようになった


不思議な変化もあります。


自分が落ち着いてくると

周りの人の状態が


直感的にわかる


ようになってきました。


相手が


・焦っている

・不安になっている

・緊張している


そういう心理状態が

手に取るように感じることがあります。


これはたぶん、


自分の心が静かになったから

見えるようになったのだと思います。


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「ついている人生」に気づいた


最近、思うことがあります。


「ついてる人生だな」


という感覚です。


特別な奇跡が起きたわけではありません。


でも


心が安定してくると


今まで普通だった日常が


とても恵まれている人生


だと感じるようになりました。


小さなことに

感謝できるようになったんだと思います。


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魂の視点で見ると


魂の視点で考えると


僕の高次脳機能障害の人生には

意味があったのかもしれません。


この障害があったからこそ


僕は毎日


・自分を整える

・心を調整する

・良い習慣を続ける


そんなことを

コツコツやってきました。


もし障害がなかったら


ここまで

自分と向き合わなかったかもしれません。


だからこの障害は


毎日自分を整えるための装置


だったのかもしれない。


そんな気もします。


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魂からのメッセージ


もし魂がメッセージをくれるとしたら


たぶんこう言う気がします。


「それは仕掛けだったんだよ」


人生と向き合うための

自分専用のカスタマイズ。


能力がなくなった。


でも


「仕方ない」


とは思わなかった。


いろいろやりました。


もがきました。


挑戦しました。


この流れは


もしかしたら


魂は最初から

見通していたのかもしれません。


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これからの人生


これからの人生は


遊ぶ人生


にしたいと思っています。


楽しむ人生。


今までは


戦う人生。


頑張る人生。


緊張する人生。


でもこれからは


遊ぶように生きる。


楽しむように生きる。


そんな人生にしていきたいと思います。


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今日も最幸の一日


だから今日も言います。


「今日は最幸の一日」


戦わなくてもいい。


人生は

楽しんでもいい。


僕は今


戦闘モードの人生から

降りたところにいるのかもしれません。


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