第4話


能力が価値だと思っていた僕


僕は高校時代、

器械体操をしていました。


床運動では、

県で1位を取ったこともあります。


でもそれは、

特別な才能があったからではありません。


たまたま

その時の大会で、失敗した選手が多かった。

自分より強い選手が少なかった。


それだけだったと思います。


本当に才能のある選手は、

たくさんいました。



オリンピックを目指した世界


僕が入った高校は、

体操の強豪校でした。


周りには

全国レベルの選手がいました。


同期には

中学生の頃に全国10位の選手もいました。


その演技を見たとき、

僕は思いました。


「ああ、これは違う世界だ」


努力だけでは

届かない領域がある。


そう感じました。



能力がすべてだった


当時の僕にとって、


能力=自分の価値


でした。


勝てる人間は価値がある。


勝てない人間は価値がない。


そう信じていました。



すべてが崩れた


大学には行きたかった。


でも僕は17歳の事故で

高次脳機能障害になりました。


新しいことが

まったく覚えられない。


記憶できない。


「本気を出せば

大学くらい行けるだろう」


そう思っていました。


でも現実は違いました。


三浪しても

受かる大学はありませんでした。



生きる屍


その頃の僕は

自分のことをこう呼んでいました。


「生きる屍」


能力がなくなった。


大学にも行けない。


今まで積み上げてきたものが

全部崩れた。


自分のアイデンティティーが

なくなってしまった。



自信を失うと人生が崩れる


自信をなくすと、


人生は

どんどん惨めになっていきます。


ビクビクして生きる。


人の顔色を見る。


自分の意見は言えない。


昔の快活な自分は

消えてしまいました。



人に合わせて生きる


僕は、


人の話を聞いて

うなずくだけの人間になりました。


その場しのぎの会話。


周りに合わせるだけの生活。


でも不思議なことに、


その控えめな姿勢が

逆に人から好かれることもありました。



本当の人間性を見てくれる人


能力ではなく、


人としての優しさ

誠実さ


そういうものを見てくれる人も

いました。


それでも僕は、


なかなか

自分を認めることができませんでした。



存在の価値に気づくまで


能力ではなく、


存在そのものに価値がある。


そう思えるまでには、


とても長い時間がかかりました。


簡単ではありませんでした。


障害が軽ければ、


「半分くらいの能力でも

まあいいか」


と思えるかもしれません。


でも僕の障害は、


視線を変えるだけで記憶が消えることがある。


少し前のことを

注意していないと

すぐに忘れてしまう。


とにかく

記憶できない。


その不安が

ずっと心の奥にありました。



メンタルの問題ではなかった


最初は思いました。


「自分はメンタルが弱いのかもしれない」


だから

メンタルを鍛えました。


本を読み、

努力しました。


でも、


不安は消えませんでした。


今思うと、


それは

メンタルの問題ではなかった。


脳の問題だったんです。



それでも生き続けた


能力で価値を証明したい。


その思いで

もがき続けました。


もがいて

もがいて

生きてきました。


でも、


そんな生き方にも

限界が来ました。



気づいたこと


ある時、ふと思いました。


ここまで生きてきた自分。


この経験。


この人生。


それって、


とても価値のあるものじゃないか。



唯一無二の人生


40年以上、


苦しみながら

それでも生きてきた。


この経験は、


他の誰にもない

唯一無二の人生です。


今は少しずつ、


心から思えるようになってきました。



最後に


昔の僕は、


能力がなければ

価値がないと思っていました。


でも今は、


少し違います。


能力ではなく、


生きてきたその人生そのもの


そこに価値がある。


そう思えるようになってきました。