第3話


17歳の僕との和解


――比べない生き方を知るまでの40年――



僕は17歳の頃、

器械体操にすべてをかけていました。


オリンピックを目指して、

強豪校に入りました。


毎日夜9時まで練習。

休みは年間で数日。


本気でした。

本当に、オリンピックを目指していました。



でも、すぐに分かりました。


同級生の中に

中学時代に全国10位の選手がいたのです。


その人の演技を見たとき、

心の中でこう思いました。


「レベルが違う」


同じ年齢なのに

動きのキレも

技の完成度も

まるで違う。


その瞬間、

どこかで理解してしまいました。


「自分はここまでなんだ」



それは、とても受け入れがたいことでした。


なぜなら、

当時の僕は


能力=自分の価値


だと思っていたからです。


できる人がすごい。

結果を出す人が価値のある人。


そう信じて生きていました。


だから


「自分にはそこまでの能力がない」


そう感じたとき、

心の奥で何かが崩れました。



能力がない。


この言葉は、

人の心に深く刺さります。


それは


自分の存在を否定されたように感じるからです。



そして17歳の事故。


吊り輪の練習中、

後方二回宙返りで回転しすぎて

3メートルの高さから

頭を強打しました。


診断は

びまん性軸索損傷。


広範囲の脳にダメージを受け、

重度の高次脳機能障害になりました。



そこから人生は

まったく違う世界になりました。


新しい記憶ができない。

ミスが増える。

話すのも遅くなる。


昨日できたことが

今日はできない。



そして僕は

ずっと比べ続けていました。


事故前の自分と。


17歳の頃の自分と。



体操ができた自分。

頭の回転が速かった自分。

周りから評価されていた自分。


その自分と

今の自分を比べるたびに


苦しくなりました。



能力がない。

障害もある。


そう思うと、

自分の価値を

認めることができませんでした。



気がつくと、

それは


40年も続いていました。



40年間。


ずっとどこかで

自分を比べていました。



でも、最近やっと

気づいたことがあります。


それは


比べない生き方です。



人は

比べた瞬間に

苦しくなります。


誰かと比べる。

昔の自分と比べる。


すると必ず


足りないものばかりが

見えてしまうのです。



でも


人生は

本当は


比べるものではない。



人の価値は


能力では決まりません。



今、僕は思います。


人の価値は


存在そのもの。



生きているだけで

価値がある。


笑っているだけで

価値がある。


そこにいるだけで

価値がある。



もし今

17歳の僕に会えたら


こう言いたいです。



「オリンピックに行けなくてもいい」


「能力で証明しなくてもいい」



「もう誰とも比べなくていい」



「君は

存在しているだけで

100点満点なんだ」



40年かかって

やっと


17歳の僕と

和解することができました。



あの頃の僕も

今の僕も


どちらも

大切な僕です。



人生とは


能力を証明する旅ではなく


自分を認める旅


そして


比べない生き方を知る旅


なのかもしれません。



もしあなたが

過去の自分や

誰かと比べて苦しんでいるなら


伝えたいことがあります。



大丈夫。


あなたは


生きているだけで

100点満点です。