胸の奥が、ふっと軽くなった日

―― 中野裕弓さんの言葉に触れて ――

中野裕弓さんの言葉を聞いたとき、
なんだか心が軽くなった。

重たいものが取れた、というより、
胸のあたりが、ふわっと軽くなった感じ。

場所で言うなら、たぶん胸。
体の奥のほうから、
**キラキラキラ…**って、
小さな光が広がるような感覚があった。

それは冷たい光じゃなくて、
ちゃんとあたたかい光だった。


「今日の花を摘む」という言葉

「今日の花を摘む」

この言葉を聞いて、
ああ、そうか…と思った。

僕はこれまで、
一日一日を、懸命に生きてきた。

振り返ってみると、
ちゃんと「今日の花」を摘んでいた日も、
たくさんあったんだと思う。

もちろん、
辛すぎて、惨めで、
今日の花を摘めなかった日もあったかもしれない。

正直、
よく覚えていないけどね。

でも、今はそれでいい。

「そういう日もあるよね」
「まあ、明日摘めばいいか」
「今日摘めたなら、それで十分」

そのくらいの、
やさしい感覚でいいんだと思える。


すでに受け取っている幸せ

常に受け取っている幸せ。

それはもう、はっきりしている。

生きているだけで、100点満点。

もう、すでにやれている。
この瞬間、生きている実感がある。

何かを足さなくても、
もう十分だな、と感じる部分がある。

だから、
すべてを肯定して生きていきたい。

それでいい。
それがいい。


中野さんの言葉が触れた場所

中野さんの言葉は、
僕の魂のどこに触れたのか。

それはきっと、
僕の本質そのもの。

魂がずっと望んでいたことを、
代弁してくれたような感覚だった。

「今日一日は、素晴らしいんだよ」

そう、
静かに教えてもらった気がする。

そして不思議だけど、
中野さんの言葉を聞きながら思った。

僕の本当の自分は、中野さんそのものなんじゃないかって。


今日の花を摘む未来の自分

もし、
「今日の花を摘む生き方」を選び続けた未来に
自分がいるとしたら――

その自分は、
きっと、いつも笑っている。

穏やかで、
あたたかくて、
幸せそうな自分が、そこにいる。

それだけで、もう十分。


今日の花は、
今日しか摘めない。

でも、
摘めなかった日があっても、
それすらも肯定していい。

今日、生きている。
それだけで、もう100点満点。

そんな生き方を、
これからも続けていきたい。