もり えりさんとの不思議な流れ


― 見えないけれど、確かに一緒にいる ―


人とのご縁には、

「出会って終わり」のものと、

「形を変えて続いていく」ものがある。


もり えりさんとのご縁は、

間違いなく後者だった。



夢に出てきた、はっきりとした言葉


もり えりさんは、亡くなったあと、夢に出てきた。


それは曖昧な夢ではなかった。

象徴的なイメージでもなかった。


はっきりとした言葉で、こう言われた。


「そうして。」


迷いのない、強い言葉だった。


その意味はすぐに分かった。

親友のちゃえちゃんを、励ましてほしい。


私はその後、

一年間、通い続けることになる。


義務感ではなかった。

考える前に、体が自然に動いていた。


「そうするのが当たり前」

そんな感覚だった。



五社参りを“一緒に”回っている感覚


五社参りをするとき、

私は、もり えりさんが回っていた神社を選んでいた。


食事処も同じ。

もり えりさんが食べた刺身定食を、私も食べる。


不思議だけれど、

真似をしている感覚ではない。


一緒に五社参りをしている

そんな感覚だった。


もり えりさんが

「食べたいから、私を使って食べている」

そんな気さえした。


怖さはなく、

温かくて、どこか懐かしい感覚だった。



レオナちゃんとの不思議なシンクロ


もり えりさんとの流れの中で、

もう一人、強く心に残る存在がいる。


レオナちゃん。


初めてもり えりさんに会った日、

そこにレオナちゃんがいた。


それ以来、

もり えりさんとの勉強会に

ケーキを買っていくと、

なぜか毎回、レオナちゃんがいる。


本当に、100発100中。


偶然、誕生日に重なったこともあった。


ケーキを買うとき、

「買ってきて」と頼まれたような感覚がする。

考える前に、無意識で買っている。


そしてレオナちゃんは、

いつも美味しそうにケーキを食べる。


その姿を見るたび、

胸の奥がじんわり温かくなる。



レオナちゃんの命と、浮かんでくる未来


レオナちゃんは、肺に障害があり、

酸素ボンベを使って生活している。


これから先も、必要になるかもしれない。


だから、ふと思う。


レオナちゃんが安心して生活できる場所を

提供できるかもしれない。


そう考えると、

自然と、息子さんの顔も浮かぶ。


その場所で、

息子さんが働いてくれたりして。


そんな未来も、

あるような気がする。


無理に描いた未来ではなく、

ふっと浮かんできた光景だ。



もり えりさんと“一緒に作る”感覚


福祉施設のことを考えるとき、

もり えりさんの存在を感じる。


すると、不思議な変化が起きる。


楽しい。

心強い。

アイデアが浮かぶ。

ご縁が自然につながる気がする。


一人で考えていたときは、

正直、不安も少しあった。


でも今は違う。


一緒に考えている感覚がある。


もり えりさんは、生前、

福祉施設を作ってほしいと

友人から頼まれていた人だった。


だから思う。


これは、

私が一人でやっているのではなく、

一緒に作っているのだと。



軽く、軽く、楽しく進めばいい


もり えりさんと一緒に作ると思ったとき、

心の中に、こんな言葉が浮かんだ。


「どうでもいい。

どうだっていい。

どうせ、うまくいくから。」


肩の力が抜けた。


重く考えなくていい。

力まなくていい。


軽く、軽く、楽しく進んでいけばいい。


もり えりさんは、生前、とても頼もしかった。

みんなのリーダーだった。

場をまとめ、空気を整える人だった。


今は、

僕の守護神、指導霊になったのかもしれない。


そう思うと、

とても心強い。



最後に


これは、

不思議な話かもしれない。


でも私にとっては、

とても現実的で、確かな感覚だ。


誰かを想い、

感謝し、

一緒に未来を描く。


その中で生まれる安心感と楽しさは、

嘘じゃない。


見えなくても、

確かに一緒に歩いている存在がいる。


そう思える今、

私はこの道を進むのが、

ますます楽しみになっている。