第3話|できなくなった自分を、どうしてこんなに責めてしまったのか
―― 高次脳機能障害と「自分を攻撃していた心」の話

記憶が消えた、その瞬間
最初に「おかしい」と気づいたのは、
視線を変えた瞬間に、さっきまでの記憶が消えたときでした。
一瞬、別のものを見ただけなのに、
頭の中が、真っ白になる。
「やばい…」
それは驚きではなく、
恐怖でした。
この状況を誰かに話したら、
相手にされなくなるんじゃないか。
信用されなくなるんじゃないか。
そう思って、
僕は黙ることを選びました。
あれは、恐怖でしかなかった。
小さなミスが、存在そのものを揺るがした理由
僕の記憶障害は、かなり重度でした。
視線を変えるだけで、記憶がなくなる。
正直、
「そんなこと、普通ありえない」
そういうレベルです。
だからこそ、
社会の基準で見たら、
「生きてる価値なんてない」
そんなふうに言われる可能性すら、頭をよぎった。
だから僕は、
ミスをしないように必死だった。
以前のようにできる自分を、
必死に演じていました。
プライドもあった。
「できなくなりました。
今日からそれを受け入れて生きていきます。」
そんなふうに、
簡単に切り替えられるわけがなかった。
よく「障害受容」という言葉があるけれど、
僕はそれを40年近く、まったくできなかったと思います。
「そんなのも間違えるのかよ」という言葉の傷
その言葉が残したのは、
怒りよりも、
恥と無力感でした。
そして、いちばんきつかったのは――
自分が、自分を攻撃し始めたこと。
「俺もそう思うよ」
「そんな簡単なのを間違えるのかよ」
そう言われながら、
心の中で、できていた頃の自分が、
今のできない自分を
冷めた目で、けなしていました。
一番厳しかったのは、
他人じゃなかった。
自分自身だった。
本当は、誰にわかってほしかったのか
今振り返ると、
あの頃、いちばんわかってほしかったのは
周りの誰かではなく、自分自身だった気がします。
できなくなった自分を、
自分が受け入れられなかった。
それが、
いちばん苦しかった理由だったのかもしれません。
同じように苦しんでいる人へ
もし今、
できなくなった自分を責めている人がいたら。
正直、
気の利いた言葉は浮かびません。
人は、
結局、自分で見つけるしかない。
だから、
ただ温かく、見守るだけかもしれません。
でも、これだけは伝えたい。
全力でやったなら、恥じることはない。
たとえ間違えても、
けなされても、
ボロボロにされても。
「出し切った」
その姿勢で生きた先に、
光が見えてくることがある。
僕は、そうでした。
40年近くかかって、
ようやく、
「ああ、ここまで来たんだな」
そう思える光が、見え始めています。
この回は、
克服の物語ではありません。
責め続けていた自分を、
少し理解できるようになった物語です。
次回は、
「減点されない生き方は、どうやって取り戻せるのか」
そこを、静かに見つめていきます。
ここまで読んでくれて、
本当にありがとうございました。