【心の目で見ること – 第2話】


「人は、強さと弱さにどう反応するのか?」

Sさんとの関係を思い返すと、いろんなことが浮かんできます。
初めて会ったのは、もう5年くらい前になるでしょうか。

当時の僕はまだ、高次脳機能障害の影響も重く、
仕事にも自信が持てず、日々おどおどしながら会社に通っていました。


質問することが怖かった

簡単な業務から始めて、少しずつ難しい仕事にシフトしていく中で、
分からないことが多くて、誰かに聞くしかない状況でした。

でも、みんながみんな、丁寧に教えてくれるわけではなくて、
「聞くこと」がとても怖かった。

Sさんに質問した時のことも、よく覚えています。
「そこに書いてありますよね?」
「書いてありませんでしたか?」
そんなふうに、少し冷たく返されたことが何度もありました。


聞きたかったのは、そこじゃない

僕が本当に知りたかったのは、“その内容の意味”ではなく、「どこを見れば判断がつくのか」だけだった。

僕の中では、こういうケースなら「ここを見れば判断ができますよ」と、
ポイントだけを、丁寧に、分かりやすく教えてほしかった。

なのに返ってくるのは、
「知らなかったんですか?」とでも言いたげな、遠回しな説明。
あるいは、すでに調べている前提での答え。
“こんなのも分からないの?”という空気感。

ふざけんなよ、と正直思った。
僕は、心から助けを求めていただけなんです。


僕の変化とSさんの変化

その後、部長が変わり、僕にとって合理的配慮が明確になったおかげで、
自信を取り戻し、仕事のスピードも精度もぐんと上がりました。

すると、僕の態度にも変化が出ました。
冷たい態度を取られた時には、僕も冷静に、でも淡々と「ありがとうございました」とだけ返すようになりました。
以前のように、機嫌を取るような返事や笑顔は使わなくなったのです。

そして、そこからSさんの態度が明らかに変わりました。

僕のご機嫌を取るような言葉を、直接かけてくるようになりました。
「たくさんやってくれてありがとうございます」
「対応ありがとうございました」
まるで、僕との関係性を変えようとするかのように、丁寧で下手に出るような言い方。

それまで冷たい態度だったのに、ある日からリアルで話しかけてくるようになり、ご機嫌を取るような空気に変わっていた。

その時、僕ははっきり感じたんです。
**「ああ、立場が逆転したな」**って。


メールだけの関係になった

その後、僕がさらに精神的に強くなり、不安や恐れを一切表に出さなくなった頃から、
Sさんは僕と話さなくなっていきました。

それまで口頭で伝えていたことも、すべてメール。
顔を合わせても、挨拶程度。
以前のような軽い雑談も、まったくなくなりました。


マウントしてきた人たちとの闘い

別の部署では、もっと激しい出来事もありました。
合理的配慮について話し合おうとした時、
ある支店の部長がまるで何も聞く耳を持たず、こう言い放ったんです。

「そんなの知らないよ。強引に進めるから」

その時、僕の中で何かが爆発しました。

「ふざけんなよ。俺は命がけで働いてるんだ。俺の意見を聞いてくれよ。お前、俺の気持ちが分かんのかよ!」

必死に言い返しました。
言いまかさなければ、自分の尊厳がズタズタになると感じて、泣きそうになりながら、それでも全力で言い返しました。

「絶対に負けられない」
そんな覚悟でした。

結果的に、その言い合いに僕は勝ちました。
相手は黙り、そしてその後は完全に僕の言いなり。
力関係が完全に逆転したのです。


人の態度は、自分の波動に反応する

この出来事から学んだのは、
人は「力関係」や「雰囲気」に敏感に反応するということ。
誰かが弱そうに見えると、無意識にマウントを取る。
逆に、「この人は強い」と思うと、急に静かになる。

それは人間の“防衛本能”かもしれない。
でも、「力」や「支配」でつながる関係は、やがて壊れていく。
本当に大切なのは、「尊重」と「対等」でつながることだと、今は思います。


まとめ:「心の目で見たSさんのこと」

もしかしたら、Sさんも、何かの不安や恐れを抱えていたのかもしれない。
だから僕が“強さ”を身につけた時、もう関われなくなったのかもしれない。

その背景には、信頼や対話よりも、
「立場」や「安心できる力関係」を求める不器用な人間性があったのかもしれない。

でも、僕は思うのです。
たとえ言葉を交わさなくても、心の目で見るなら、
そこにある“人の本質”や“孤独”に、気づくことができると。


今日も、心の目で世界を見ていきたい。
そして「関わらない」関係の中にも、何か優しい気づきを持っていたい。

Sさんとの関係もまた、
僕という存在を成長させてくれた大切な一部なのだと思います。