「心の目で見た“コントロールする人”──波動と魂の違い」
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あるズーム会議での違和感
先日、とある支援職と障害当事者のズーム会議に参加しました。
知り合いの知り合い、という間柄の中に、ちょっと気になる存在がいました。
その人は、まるで場を“支配”するような雰囲気を持っていて、話す人・話させない人を選別しているようでした。
振られて少し話をした僕に対しても、「もういいです」と言わんばかりの態度。
熱を込めて伝えた言葉も、動画の編集ではカットされてしまう。
なんとも言えない違和感。
初対面にも関わらず、そこには優しさも共感も感じられない。
血の通っていないような、冷たい印象が残りました。
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心の目で見たその人の本質
直感的に、こう感じたのです。
「ああ、この人は“共鳴”という感覚がないんだな」
「自分の体験の中にないものは、全て排除してしまうんだな」
他人の話に耳を傾けようとせず、自分の世界だけが基準。
そんな波動に触れたとき、魂が「ここにはいたくない」と言っているのを感じました。
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魂のレベルと学びのステージ
スピリチュアルな視点から見れば、
その人はまだ“共感”や“愛の循環”を知らない段階にいる魂かもしれません。
•他者の熱や光を受け止める余裕がない
•安全な自分の枠を越えることが怖い
•コントロールすることで安心を得ている
つまり、**「自分を守るための支配」**なんですよね。
でも、だからといって僕がその人を変える必要はない。
むしろ、自分の心の目で「違和感」に気づけたことこそが、大切な学び。
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鏡の法則と、僕自身の確認作業
こういう人に出会うと、昔の自分を思い出すこともあります。
できない弟に厳しかった自分。
他人の話を聞く余裕がなかった頃の自分。
その影を見せてくれる人は、ある意味「魂の鏡」なのかもしれません。
でも今の僕は、それに共鳴しない。
だからこそ、もう「無理して合わせる必要はない」んです。
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波動が合わない相手には、距離を取っていい
僕は、心の中でこうつぶやきました。
「頼まれても何もやりたくない」
「もうこの場から逃げたい」
「仲良くなろうとは思わない」
それは冷たさでも、悪意でもなくて、
自分の魂を守る健全な感覚だったんだと、今なら分かります。
僕の中には、共鳴する人たちと生きていきたいという想いがある。
熱を込めて語り合い、シンクロし、優しさで繋がっていきたい。
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おわりに:あなたは誰と共鳴したいですか?
この世界には、いろんな波動の人がいます。
無理して合わせなくていい。
「冷たい人」「優しさを感じない人」と出会ったときには、
それを拒絶することも、魂の大切な防衛なんです。
そしてあなたの直感は、あなたの真実。
どうか自分の“心の目”を信じてください。
