「弟の言葉に共鳴した日 〜話を聞くことは、心を映す鏡〜」




最近、弟とのやりとりの中で、何度もイライラが募っていました。


弟はアスペルガー症候群の特性があり、話がとても長く、確認作業も異常なほど多い。

ひとつのことを、何度も、何度も、念入りに、繰り返し確認する。

その姿に、つい「もういいよ…」「話、長すぎるよ」と言いたくなってしまう。


実際、僕は今日もそのような対応をしてしまいました。

「もう聞きたくない」そんな気持ちが顔に出ていたと思います。


でも、ふと気づいたんです。


**「これって、まるで僕自身の姿じゃないか?」**と。



弟は僕の“鏡”だった


弟は、必死に言葉を尽くして説明していました。

「これがこうで…」「前にも言ったけど…」とくどいほどに。


でもそれは、彼の中の「伝えたい」という思いの強さの表れ。

「ちゃんと理解してほしい」「誤解されたくない」という願いの裏返しなんだと、はっとしました。


思えば、僕自身もそうだった。


高次脳機能障害という見えない障害を抱えてから、

自分の状態や気持ちをわかってもらいたくて、

何度も同じ話を、繰り返し繰り返し、家族や職場で話してきた。

きっと、「くどい」と思われていたかもしれない。


でも、伝えたかった。

理解してほしかった。

その想いが、弟とまったく同じ波動として今、目の前で起きている。

そう気づいたとき、僕の中で何かが溶けていきました。



“話を聞く”ことは、存在を受け止めるということ


今日は、「チャンス」と思って弟の話を聞いてみました。

内容には正直あまり意味があるように思えなかった。

でも、「話したい」というそのエネルギーに、耳を傾けてみた。


すると、弟はどんどん表情がやわらぎ、

自信に満ちたような雰囲気になっていきました。


「話を聞いてもらえる」=「自分の存在が認められている」

そんな感覚を、弟が味わっていたのだと思います。


僕が話を聞いたのは、

弟のためじゃなく、

僕自身の“心の声”を聞く練習でもあったのかもしれません。



心が共鳴するということ


今日、弟と話しながら感じたのは、

“波動の共振”のような現象でした。


同じようなテーマを持つ魂は、出会ったときに互いを照らし合い、反応します。

まるで心の中の光が「共鳴して震える」ような感覚。

僕の中にある「わかってほしい」という願いに、弟の言葉が響いた。


弟は鏡だった。

そして、その鏡は今日、やさしい光で僕自身を照らしてくれました。



あとがき:またひとつ、関係が近づいた気がする


今日の弟は、満足そうだった。

自己重要感が満たされたのだと思う。


そして僕も、少しだけ癒された気がする。

「もう聞きたくない」と思っていた相手の話を、

「聞こう」と思えたことで、

僕自身の中にも「受け止める余白」ができたのかもしれない。


これが“ストレス”ではなく“学び”に変わる瞬間なんだと、

心から感じられた一日だった。