第3章|丁寧に生きるという選択


〜今この瞬間を美しく生きる〜



今だからこそ、丁寧に生きたいと思えるようになった


僕が「丁寧に生きたい」と思うようになったのは、ごく最近のこと。

長い間、高次脳機能障害と、それに伴う二次障害の影響で、ただ生きるだけで精一杯だった。


目の前のことをこなすのに、頭の処理速度が追いつかず、

“雑でもいいから終わらせる”という日々が続いた。


けれど今振り返ってみると、それでも一瞬一瞬、必死に向き合っていた自分がいる。

あれはあれで、命がけの“丁寧さ”だったんだと思えるようになった。



「今に集中すること」が、僕の生き方


僕にとって、“今この瞬間に集中する”というのは特別なことじゃない。

記憶が続かない脳だからこそ、無意識に生きることができない。

一瞬一瞬、常に集中して生きている。


それが、僕の「命の使い方」であり、僕の「生きる道」。



日常に宿る、魂の美しさ


最近、何気ない動作――

ご飯を食べる、歩く、呼吸する――それすらも奇跡の連続なんだと感じられるようになってきた。


ワラの船越さんが教えてくれたように、

「食物は多くの命と時間の結晶」。

その言葉を思い出しながら、感謝を込めて食事をするようになった。


そうすると、目の前にある何気ない風景、たとえば新緑の美しさにも気づけるようになる。

丁寧に生きると、世界がやさしくなる。



丁寧さが、波動を整えていく


心を込めて言葉を紡ぐ。

手をそっと動かす。

誰かを大切に想いながら接する。


そんな丁寧な行為は、自分の波動をふわっと整え、

落ち着きや穏やかさ、前向きなエネルギーへと変わっていく。


そしてその丁寧さは、周囲の人にも伝わる。

まるで、愛のエネルギーの波のように、優しく広がっていく。



心がこもっているかどうかが、すべてを変える


雑に扱う世界と、丁寧に触れる世界。

そこには、はっきりとした“空気感”の違いがある。


相手の態度に、気持ちがこもっているかどうか――

それは魂が、すぐに感じ取るもの。


丁寧に生きるというのは、

目の前のすべてと、心から向き合うということなんだと思います。



丁寧さは、自分への愛に還ってくる


毎朝、目覚めたら「今日も生きられること」に感謝する。

ご飯が食べられること、仕事ができること、人と繋がれることにありがとうを伝える。


その積み重ねは、

自分を大切に扱うということであり、

やがてそれは、世界から自分への“丁寧な扱い”となって返ってくる。


丁寧さとは、愛。

自分に対する愛。

そして、魂への敬意。



今日のまとめ|今を大切に扱うということ


何気ない今日が、かけがえのない一日になる。

小さな動作に心をこめて、

一瞬一瞬に“ありがとう”を込めるように。


丁寧に生きることは、

愛に包まれて生きること。