【第5回|鹿島神宮:いよいよ動く時、魂が目覚める】


〜行動・覚悟・再起動〜



鹿島神宮を訪れたとき、心の奥にあった“何か”がそっと目を覚ました気がしました。

それは、ずっと準備されていた「GOサイン」。

自分自身でも気づかないほど静かに、でも確かに鳴り響いていた合図でした。



◆やっと、自分の気持ちを大切にしてもいいと思えた


「もっと自分の気持ちを優先していい」

この気づきに辿り着くまでに、僕には40年という時間がかかりました。


高次脳機能障害を負い、長年にわたって不安や恐怖、社会との違和感に苦しみ、

そこから生まれた“二次障害”との戦いもありました。


でも最近、やっとその霧が晴れたような感覚があります。

心の中に空間ができて、余白が生まれた。

そしてようやく、自分の本当の気持ちが顔を出せるようになったのです。



◆愛を出すのが怖かったのは、不安が大きすぎたから


「もっと優しくしたい」「愛を出したい」――そう思っても、できない時期がありました。

それは、ただ単純に“怖かった”から。

自分の中に湧き上がる不安が、愛の表現を何度も遮っていたのです。


「間違えたらどうしよう」

「忘れてしまったらどうしよう」

「変だと思われたら…」


高次脳機能障害の二次障害は、目には見えないけれど、心を縛るには十分でした。

でも、今は少しずつそれが溶けてきている気がします。

愛は出していい。愛を出して、笑われても、それでもいい――そんなふうに思えるようになりました。



◆今すぐやりたいこと、それは“魂が動くこと”


鹿島神宮で心のスイッチが入ったあと、自然とやりたいことがたくさん浮かびました。

やりたいと思ったことを、その場でやってみる

千葉に泊まってもう一度五社参りをしてみたい

友人や家族と五社参りをして、一緒に心を動かしたい

フォトブックにして、この体験をかたちに残したい

ブログに書いて、多くの人と分かち合いたい


どれも、「こうしなきゃ」ではなく、「やりたいからやる」。

その感覚が、ものすごく心地よくて、心がふわふわと浮かんでいるような軽さを感じました。



◆“動き出すこと”は、誰かの希望になる


この五社参りで得た気づきや感動は、まずは自分自身のためのものでした。

でもそれが、

「一歩を踏み出せずにいる誰か」

「自分を責めている誰か」

「愛を出すのが怖い誰か」に届いたとしたら、それはとても素晴らしいことだと思います。


だから、僕はこのまま動いていこうと思います。

その姿を見て、「なんだ、自分もやっていいんだ」と思ってもらえるかもしれない。

誰かの希望になれるなら、それこそが僕の「動く理由」になるのです。



鹿島神宮は、“覚悟”をくれる神社でした。

行動のスイッチを静かに、しかし確実に押してくれた場所。

自分を信じて、魂の声に従って、動き出す――

そんな新しい自分への扉が、ここで開かれた気がします。