【第1回|御中主神社:すべての始まり、心を整える場所】


〜内なる静けさと、忘れていた“ときめき”を思い出す〜



御中主神社に立った瞬間、不思議なほど心が落ち着きました。

まるで内側のざわざわとしたものが静かに消えていき、「本来の自分」に戻っていくような、そんな感覚。


僕にとって、この神社は「一番大好きな場所」です。

何度訪れても、すーっと心が澄んでいくのです。まさに“整う”という言葉がぴったり。



◆気づかなかったものの中に、すごいものがある


境内を歩いていると、神社の裏手に一本の大きな木がありました。

それはまるで生命そのものを体現しているかのような、どっしりとした存在感。

「ああ、こんなところに、こんなすごい木があったんだ」と思いました。


ふとした場所にある大切なもの。

それは身近な暮らしの中にもあるのかもしれません。

でも、気づかずに通り過ぎてしまっているだけなのかもしれない。

そんな“見落としていた美しさ”に、僕はこの木を通して気づかされた気がしました。



◆小さな花が思い出させてくれた、僕の心


この神社を訪れたとき、一緒にいた方が、足元に咲いていた小さな花を見て「かわいらしい」と言いました。

その言葉が、僕の心にふわっと広がりました。


「そうだ、僕も昔はこういう小さなものにときめいたり、“かわいい”と素直に感じていたな」

でも、いつの間にか忘れていたのです。

忙しさや、障害によるキャパオーバー、日々の不安や責任感…。

そういったものが、僕の感性を覆い隠していたのかもしれません。


でも確かに、僕の中にはまだ「小さな花に感動する心」が残っていました。

それを思い出せたことが、何より嬉しかったのです。



◆「整う」とは、自然体でいること


僕にとって「整う」とは、

心がふわっと軽くなり、固定概念から解き放たれて、

ただ自分の心のままに、自然体でいられる状態。


何かを無理に変えようとするのではなく、

すべてをそのまま受け入れるような、穏やかさと余裕がある――

そんな状態こそが、僕の感じる“整う”という感覚です。



御中主神社は、そんな感覚を思い出させてくれる「ゼロ地点」。

ここに来ると、自然と自分に帰れる。

だからこそ、この場所が僕にとって「一番大好きな神社」なのです。



次回は「導かれる場所」――猿田神社での体験を綴ります。

魂の道しるべを受け取ったあの感覚を、また丁寧に思い出してみたいと思います。