優しさに触れると、涙があふれる理由 〜心が震えるその正体〜


人の優しさに触れたとき、
胸の奥がキュッと締めつけられて、どうしようもなく涙があふれてくる。

理由なんてない。ただ涙が出る。
悲しいわけでも、苦しいわけでもない。
けれど、深く、心が震えるんです。


記憶を揺さぶる“優しさ”という波動

その涙はきっと、
かつて僕が誰かに優しくされた記憶。
そして、かつて僕が誰かに優しさを向けていた記憶。
それらが、心の深い場所から、そっと揺り動かされて出てくるものなんだと思う。

まるで、眠っていた記憶が、
「ここにいるよ」ってささやいてくれるような感覚。


優しさを感じる“感覚のクオリア”

この感覚は、脳科学でいう“クオリア(Qualia)”に関係しているかもしれません。
クオリアとは、「感覚の質感」。
言葉では説明しきれない、今この瞬間の感覚そのものです。

たとえば、春の風を感じたときにふわっと懐かしさがこみ上げるように、
人の優しさも、言葉や動作の奥にある「波動」が、五感や第六感に届いている。

それが、僕の中に眠っていた感情と共振して、涙になる。
この“共感”や“共振”こそが、僕の「優しさのセンサー」なんだと感じています。


高次脳機能障害になって気づいた「優しさのかたち」

僕は事故で高次脳機能障害になってから、
心に余裕が持てないことも増えました。
優しさを出すどころか、自分を責めてしまうこともあった。

けれど、あるとき気づいたんです。

「全部、うまくいかなくてもいいんだ」
「これは、良くなる過程なんだ」

そう思えたとき、心がふわっと軽くなって、
自分の中にある優しさが、じわじわと戻ってくるのを感じました。


日常は、実はとても豊かで美しい

函館から帰ってきた最終日、
夜中の2時に到着するほどの長距離運転で正直クタクタ。

でも、朝目が覚めたとき、
身体は疲れていても、心の中にはなんとも言えない“心地よさ”が満ちていました。

「ああ、なんて豊かなんだろう…」

ただ無事に帰ってこられたこと。
旅を通して、家族と笑い合った時間。
風を感じ、景色を見て、自然に包まれていた記憶。

そんな何気ないことが、
**かけがえのない“命の営み”**として僕の中に残っている。


すべての感情は、感じていい

切なさも、喜びも、疲れも、涙も。
どれもが「僕」という存在を彩ってくれる、大切な感情たち。

そしてそのすべてが、
**“僕の人生って、本当に素晴らしいな”**と思わせてくれる。



最後に

優しさに涙が出るのは、弱さじゃない。
それは、あなたの中にある“美しさ”が反応している証。

たくさんのことを感じながら、泣いたり笑ったりして、
ときに深掘りしながら、あなたらしい感性で生きていく。

それはきっと、世界を優しさで包む力になるはずです。


今日もあなたの心が、
ふわりと温かく包まれますように。