キャパオーバーで全てが崩れた現場監督時代——それでもクビにならなかった理由
僕の現場監督時代は、まさに キャパオーバーの連続 だった。
仕事が多すぎて処理しきれない。おまけに失恋まで重なって、精神的にもボロボロ。
高次脳機能障害を抱えながらのキャパオーバー は、脳の機能をさらに低下させる。
「まったく頭が働かない」状態で、低空飛行のまま何とか仕事を続けた。
休日も返上して働いたけれど、結局ゴテゴテの仕事処理しかできない。
当然、 お客さんや社員の信用はなくなった。
「あの人とは仕事をしたくない」と言われることもあった。
普通なら首になって当然の状況だった。
でも、僕は クビにならなかった。
その理由のひとつが、 “ヤクザとの交渉” というとんでもない出来事 だった。
ある日突然、ヤクザからのクレーム電話
ある日、会社に一本の電話が入った。
「現場の小石につまずいて足を骨折した」 という話だ。
「3,000万の仕事ができなくなった、どうしてくれるんだ!」と、まさに因縁をつけてきた。
しかも相手は 現場の近くに住むヤクザ。
この話を知った 部長と課長は、自分たちでは対応する度胸がない。
「お前、行ってこい」
僕に丸投げしてきた。
どう考えても 酷い上司 だ。
でも、誰も応援してくれない。
仕方なく、僕は 現場近くの喫茶店 に向かった。
ヤクザとの交渉——恐怖はなかった
喫茶店で待っていると、ヤクザがやってきた。
最初は 優しい口調 で話すが、そのうち 脅しを混ぜてくる。
「俺は人の人生を終わらせたことがある」
「お前の家族もどうなるかわからないぞ」
でも、不思議と怖くなかった。
むしろ、僕は 「情けないな」と思っていた。
「この人、こんな風にしか生きられないんだな」と。
だから、 ただひたすら謝るだけ。
怖さよりも 呆れ が勝っていた。
それでも、話し合いは 2時間以上 続いた。
「早く終わらないかな」と、そればかり考えていた。
会社の顧問が乱入——ヤクザ vs 元県警トップ
その時、 会社の顧問 が喫茶店に入ってきた。
顧問は 元県警のトップ。
僕を見て 「お前、何やってるんだ!」 と驚いていた。
どうやら 部長や課長は “僕が1人で交渉している” ことを伝えていなかった らしい。
そこからは ヤクザ vs 元県警トップの激しい言い合い。
怒鳴り声が響き、 顔と顔を突き合わせたバトル が始まった。
最初3,000万を要求していたヤクザだったが、
最終的には 30万円で決着。
顧問が 完全に主導権を握り、相場通りの解決 へと持ち込んだ。
ヤクザも しぶしぶ納得。
後日、現場近くで会った時には ご機嫌だった。
一歩間違えたら死んでいたかもしれない
あの時、僕は 刺されてもおかしくなかった。
ちょうどその頃、仕事も上手くいかず、失恋のショックもあって
「人生終わりたい」が口癖になっていた。
まさに “引き寄せ” てしまったのかもしれない。
社長の怒りと、変わった評価
会社に戻ると 社長に呼び出された。
「お前、何やってるんだ!」
部長と課長は、 “1人で行かせた” とは社長に言えない。
黙っていた。
社長に聞かれた僕は
「ヤクザの対応を2〜3時間していました」 とだけ答えた。
すると社長は、 部長と課長を怒鳴った。
「現場監督は1人で戦っているのに、お前らは何をしていたんだ!」
そこから、社長は 僕を気にかけるようになった。
休日出勤していると、
「頑張ってるな」 と声をかけてくれた。
さらに、社長は単身赴任で週末に家に帰るため、
「駅まで送ってくれ」 と僕に頼んでくるようになった。
5分くらいの時間だったけど、
「よくやった」 とねぎらいの言葉ももらった。
その後、僕は クビにならなかった。
なぜクビにならなかったのか
信用を失っていた僕が、 なぜ会社に残れたのか。
それは “ヤクザ相手に1人で交渉し、逃げなかった” ことへの敬意 だったと思う。
誰もやりたがらないことを 1人でやった。
それを見ていた 社長の評価が変わった のだろう。
最後に——あの頃の僕へ
もし、あの頃の僕に声をかけられるなら、こう言いたい。
「あの経験があったから、今の自分がある。」
ボロボロになりながらも 逃げずにやり切った。
たとえ信用を失っても、 見てくれている人はいる。
そして、 どん底からでも人生は続いていく。
今も高次脳機能障害と向き合いながら生きている。
でも、あの時の僕が 「生きることを諦めなかった」 から、
今の僕が こうして文章を書いている。
あの時の僕へ、そして今、苦しんでいる誰かへ。
「どんな状況でも、生きていれば何とかなる。」



