私の人生は、主体性第1段階


障害を背負う前は毎日、楽しいなと思いながら、過ごした人生。

高校は10番で入り、卒業はビリの方だった。高次脳機能障害になり、勉強が出来なくなった。範囲が広い試験などは、全く歯が立たなかった。

中学から器械体操部に入り、部活が楽しかった。


高校時代は夜9時くらいまで練習。1年から関東大会とか出ていた。練習も厳しかった。


事故は吊り輪、後方2回宙返り。頭から落ち、頭を抱えてのたうちまわっていたらしい。ぶつけたことすら覚えていない。少し前の事が思い出せなくて、1時間くらい泣いていた。


小学生でも出来る計算を人前で間違えて、軽蔑した目で見られた。


友達との会話を忘れないように、常に緊張して聞いていた。ボロが出ないように、大人しくしていた。


器械体操の成績は良くちやほやされたが、引退してからは、勉強もイマイチ、出来の良い友達から、馬鹿にされた気がした。


頑張って勉強したが、覚えられない。大学に行きたかったけど、3浪してもダメだった。


やる気満々でしたが、自信をなくして、どもる様になり、ビクビクして、涙が出た。


ひとりでいる時、涙を流して茫然とするしかなかった。

誰にも話せない。

誰かに話したところで、この障害は治りそうに無い。

どうすることもできない。

以前の自分は優秀だった。

人から凄いねと言われたかった。でも障害を背負って、何も出来なくなり、可愛そう、悲惨だねと思われる人生。

努力したけど、ダメだった。
希望無い。
不安と絶望だけだった。


私は、
主体性第1段階からのスタート
主体性第2段階、
出来そうな事からやる。
主体性第3段階、
行動を起こす。


障害を背負ってすぐ
第1段階から第3段階をやる、
しかし全て失敗に終わり、
第1段階に戻ってしまう。

ここからどう道を切り開いて行くのか。絶望していたけど、毎日挑戦していた。希望の光は見えるのか?


🔴和田真一先生の分類

主体性 第1段階
行動を起こしづらい状態

自分の機能障害が元に戻らないこと遠漠然と認識する。

発症前の自分と比較している

機能回復以外に目標を見出せず、出来そうなこともしない。

依存的、受身の状態


障害を背負う前の修学旅行