「1.0、2.0、3.0人~」
職場のT先輩は人を数えるとき、決まって小数点以下もしっかりと言う。
「癖みたいなものだ」と皆に先輩は笑って言うけれど、私は本当の理由を知っている。
私たちが働いているのは、人材派遣のサービスを行う会社。その中でも、きっと最底辺に属するのだろう。
派遣なんていうのは名ばかりで、他では雇ってもらえないような人間を無理やり人材として送り出し、雀の涙ほどの給料から紹介料名目で半分以上をかすめとる。もちろん健康管理などしないから、使えなくなったら切り捨てる。労働力はありあまっているのだ。
到底、自慢なぞできそうもない仕事。
ただ、一緒にはたらくT先輩だけは不思議と尊敬できた。
だから、その先輩が薄汚い病人のような男を相手に仕事を紹介している時も、
「あのような人にまで仕事を紹介しているとは、さすが」
とまで思っていた。
いくら『雇ってもらえないような人間』と言っても限度がある。
その男は私たちの基準でさえ『使えない』人間だった。
先輩たちの話が聞こえたのはまったくの偶然だった。
「じゃあ、今度は……でお願いします」
男がぼそぼそと喋る。
「大丈夫ですか? この前も……たばっかり」
少し、心配そうな先輩の声。
「ええ……心配要りません。では……で」
「わかりました。……済み次第……30万円……」
30万!!
私は自分の耳を疑った。あまりに破格な値段である。
男はすぐに帰っていったが、私はT先輩に詰め寄った。
先輩は「0.3人……」とブツブツ呟いていた。
「何なんですか? あれ? 30万円って!」
先輩は困ったように笑い、頭を掻いた。
「あ、いたんだ? しまったな~。誰もいないと思ってたんだけど」
「……うーん、言ってもいいんだけど」
そして、グイッと私の頭を掴んで引き寄せた。顔はもう笑っていなかった。
「あの人、働けるように見えた?」
「い、いえ。まるで病人みたいでした」
「病人……か。まぁ、手術したばっかりだから当然だろうね」
手術?
「でも……手術代なんて」
「うーん。まぁ、ぶっちゃけちゃうと、身体の中身を売っちゃったわけだ」
先輩は何でもないことのようにそう言った。
あまりに清清しくて、「歯抜いちゃった」程度にしか聞こえなかった。
「じゃ、じゃあ…0.3人って……0.3人分臓器を売っちゃったって……こと……ですか?」
「お、いいね。違法だとか騒ぎ出さなくて助かったよ」
先輩は嬉しそうに言った。
「でも、質問の答えはNOだよ」
「は?」
言っていることがよくわからなかった。
「あの人に残っているのが、0.3人分てこと」
「で、でも……生きて……」
先輩がうなずく。
「そうなんだよねぇ。俺の知ってる限りでは、心臓もないはずなのに。なんで生きてるんだろうね、あの人」
カラカラと笑う先輩は、何だか別の生き物のように見えた。
あれからも病人のような男は度々訪れ、T先輩がその相手をしていた。時々、仲間も連れてきているようだった。
一度、男のコートが風でハラリと捲りあがり身体が見えたことがある。
そこには、ペタッとした皮だけがあった。風でコートと一緒にひらひらと揺れる。
きっと、今あの男を数えたら「0.1人」以下になるのだろう。