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黄昏オヤジの暴発日記

退職後の第二の人生を手探りで進むオヤジのモデルガン+独り言。黄昏に染まりながら気まぐれに発火しつつ、この世の由無し事に毒を吐く(令和4年5月20日・タイトル一部修正)

 朝歩いていると自分と同じように早朝から歩いたり走っている人に出会う。当たり前だが、走っている人には若い方が、歩いている人には中年以降の方が多い。たまに、乳母車のような歩行器を押して歩く高齢者の方に出会うことがある。目の前で倒れられたらどうしようかと心配になる。万が一にもそんな事態になれば、助け起こしおそらくは救急車を呼ぶことになろうが今のところは杞憂に終わっている。どうかご無理なさらず、お大事に過ごしていただきたいと願っている。

 と、まあ大概の人間ならばこんな対応かなっと思う。

 

 さて、中国でのお話。

 

 有名な事件なのでご存じの方も多いかもしれないがご紹介。(*以下は私がネットから得た情報を編集したものです)

 

〇「南京彭宇事件」あるいは単に「彭宇事件」という事件、概要は以下のとおり。

 2006年11月20日、中国南京市のバス停で徐寿蘭(64歳)という女性が転倒した。それをたまたま近くで目撃した彭宇(男26歳)という男性が助け、病院まで送り届けて診療費まで建て替えた。そうしたところ、その後、なんと助けた徐老婆から加害者として訴えられ損害賠償金13万元を求められたというもの。

 裁判では原告徐老婆の訴えが認められ、請求額の約4割に相当する4万5876元を支払うことを命じられた。彭は上訴したが結局2008年3月に1万元の補償金を支払うことで和解した。

 後に、徐は転倒したことで大腿骨骨折の怪我を負い多額な手術費用の支払いを求められたため、事故当初診療費を立て替えてくれた彭の財力と善意につけこみ、治療費を含む諸費用を負担させることを目論んでいたことが明らかとなった。

 

 転倒した老人が金欲しさに自らを助けた男性を訴えたというだけでも驚きだが、それがさらに裁判において認められたというのは到底信じられない話。

 この事件、さすがに中国でも騒動になったが、その後の中国社会の反応が異質。中国国内で人助けを行うと自分が加害者になり賠償金を求められるという懸念から社会にモラル・ハザード(道徳観の欠如)を引き起こし、ついには、「倒れている老人を見ても、見て見ぬふりで助けない方が良い」という風潮が中国全土に広まった。実際に、道路上で倒れている人を見捨て見殺しにする事態が多発したというから強烈である。

〇さらには、「小悦悦事件」といわれる悲惨な事件が起こる。

 この事件は、2011年10月13日の午後5時過ぎ、広東省仏山市南海区内の道路上で、当時2歳の幼女「王悦(愛称:悦悦)」がワゴン車に轢かれた。ワゴン車は一旦停止したが、もう一度轢いて走り去った。そこを合計18人の通行人が通りかかるが誰もが幼女を無視し救助しなかった。その後、さらに幼女はトラックにも轢かれた後、ようやく19人目の市廃品回収業者の女性により救助され病院に搬送されたが、1週間後の同月21日に病院で死亡した。

 女児の父親が情報提供を求めたところ、ワゴン車でひき逃げした男から電話があったが驚いたことに、男は反省するどころかせせら笑いながら「女の子が突然飛び出してきて車にぶつかったので自分は悪くない、逮捕される理由がない」と言い放ったという。さらに、死亡事故であれば罰金が1500ドルであるが、生きていればその10倍以上払わなければならないので、女児を殺すつもりでもう一度轢いたという。

 

 2度轢いたワゴン運転手(後日殺人罪で起訴された)はさておき、18人の目撃者の誰かが助けていれば幼女はトラックにまで轢かれることはなく助かったかもしれない。

 触らぬ神にたたりなし、助けぬ傍観者には賠償金なし、というところか。

 なにがしかの危機感を感じたのか、その年、中国政府は「老人の転倒時の技術関与指南」(救急対応方法?)を公表したが、市民アンケートでは43%が「助けない」と答え、「助ける」と答えたのはわずか19%に留まったとある。
 それ以降も同種の事件が多数発生しているのが中国社会の現状。中には、わざと店先で倒れこみ賠償金をせびったり、道路で当たり屋行為を働く高齢者が多数存在し、その風潮に一層拍車がかかっている。

 

〇つい最近の事件、今月3日に毎日新聞のネットニュースで報じられた。「1万9千元の罠」ともいう。(以下はその記事ママ)

・「善意で助けたのに45万円支払いに 「人助けする?」中国で論争」
 中国南部・湖南省で8月、体調を崩した高齢者を助けようとした人物が1万9000元(約45万円)の補償金を支払わされる理不尽な出来事が起きた。

 中国では善意の救護者がトラブルに巻き込まれる事件が後を絶たず、「人助けをすべきか、避けるべきか」が改めて論争になっている。
 このトラブルには習近平国家主席肝いりの治安維持運動「楓橋(ふうきょう)経験」も絡んでおり、当局は神経をとがらせているようだ。
 ◇高齢男性を救護した店主、「過失ない」
 報道によると、湖南省衡陽市の田舎町で8月17日、高齢男性が通りに面した店舗の入り口にある椅子に座って休んでいたところ体調が急変。女性店主が駆け寄って救護に当たったが、男性は搬送先の病院で死亡した。警察の調査では、男性は突然の病死とされ、女性店主の善意の行動に過失はないと判断された。
 ところが、男性の遺族は「店主にも責任がある」と主張して10万元(約240万円)の賠償金を請求。警察の勧めで双方は地元の調停機関で協議することになった。最終的に、店主側が折れる形で「人道主義による補償金」として1万9000元を支払うことになった。
 ◇非難殺到で遺族が賠償金返金
 その後、この出来事をメディアが取り上げると、理不尽な遺族の要求とそれを認めた調停機関に、世論の非難が殺到した。改めて当局が事態収拾に動き、遺族は後日、全額を店主に返還したという。
 中国では類似の事案が後を絶たず、2017年の民法総則の改正で、善意から救護活動を行った人はその民事責任を問われないとする救護者保護条項が特に設けられたはずだった。それでもなお「善人が損をする」事態が繰り返され、国内のSNSでは「危なくて人助けなどできない」「救護するときは映像を記録しておくべきだ」などの声が上がった。
 ◇「小さな問題は地域で」習氏の看板政策
 実は、住民間のトラブルを地域の調停機関で処理することは、習氏の看板政策の一つ。毛沢東時代の大衆動員による治安維持運動「楓橋経験」として全国で奨励され、「小さな問題は地域で解決し、上に持ち込まない」を原則にうたう。
 しかし、今回の事件で明らかになった通り、法令による公正な判断よりも、事態の収拾を優先する「事なかれ主義」が露呈するのが実情だ。国営メディアも「治安維持の圧力を、法を守る国民に転嫁してはならない」と苦言を呈した。

 

 「貧すれば鈍する、鈍すれば窮す、窮すれば通ず」という。

 これは、

 ・貧乏になると生活の苦しさから精神的余裕がなくなり卑しい考えや愚かな行動に流されやすくなる

 ・判断力が鈍った状態が続くと、さらに行き詰まり、困難な状況・悪循環に陥る

 ・行き詰まった状態・窮地に追い込まれたときこそ、意外な活路や突破口が見つかる

 という本来は希望のある言葉らしい。

 

  「窮すれば通ず」?

自称「大国」の振る舞いを見るにつけ

 「窮すれば滅する」が腑に落ちるのは私だけか